警視庁SPとは警護対象者を己の命に代えて護り抜く警備部警護課の『動く壁』である

総理大臣の周りで紺のスーツをまとい、鋭い眼光で周りを威嚇している屈強な男女ら。そう、彼らこそ内閣総理大臣や総理経験者などの政治家の身辺警護を任務とする警視庁警備部警護課所属のSP(セキュリティ・ポリス)である。

普段はフォーマルなスーツ姿で総理大臣や各国の貴賓などVIPの周りを固め、一旦事あらば上着の下に隠した15連発のベレッタやグロックけん銃を抜き、暴漢やテロリストへ対処するのである。警視庁警察官の数ある職種の中でも、まさに最高峰だ。

しかし、勇ましいSPだが、その本来任務は「警護対象者を護る壁」となることである。

万が一、警護対象者が暴漢に襲われた場合、文字通りSP自らが”動く壁”となりながら、防弾化された警護車に要人をそのまま押し込めて赤色灯を焚き、サイレンを吹鳴させ、緊急走行で迅速に現場を離脱することこそが基本運用だ。

SPの採用に当たっては身長が175センチ以上という規定があるほか、警察官としての高い法執行能力が要求されている。

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米大統領来日前に警視庁が大規模な訓練を公開(2014年)。紺系スーツに赤ネクタイを着用した警視庁SPらが、ベレッタ社製軍用けん銃とアタッシュケース型防弾具を構える。手前は女性SP。背後のSPは回転式けん銃を持ち、警視庁で配備される防弾化されたベンツの警護車も見える。(写真は研究・批評目的で時事通信社公式サイトから引用した)

上記に典拠を示した時事通信社の報道写真のように、SPの公開訓練でSPたちがアタッシュケースを持っている映像を見かけることが多くある。このケースは防弾素材がインサートされた特殊なアタッシュケースであり、ケースを警護対象者にかぶせて防弾チョッキの代わりにするほか、SPが自らを守る盾にする。しかし、SP自身もまた「動く壁」という過酷な現実であることも忘れてはならない。

つまり、SPに求められる最も重要な資質は警護対象者のために自らの命をなげうって盾になれるかという特別な死生観である。

【動画】安倍元首相の国葬にて首相SPが現場警備責任者の不手際を見かねて指示出し→責任者が『うるさい!黙れ!口出すな!』と市民の前でSPを罵倒→大炎上!

SP任用への道は?

041823現在、要人警護の任務に就く警察官を『SP』と称して配備しているのは全国でも警視庁のみ。警視庁SPは後方支援を含めると全体で300人、そのうち200人余りが最前線の警護任務に専従しているという。

つまり、まず警視庁警察官採用試験を受けて合格し、警視庁警察官を拝命することがSPへの第一関門となる。

警察官の人生は警察学校での成績で大方決まるものだが、卒配後も地域警察官として交番勤務を皮切りに5年は下働きを積んでノルマ(数値目標と呼ぶ)を稼ぎ、捜査書類作成能力に磨きをかけて徹底的な仕事できますアピールの上で所属長との信頼関係を醸成しつつ、信任を得なければならない。なぜなら、署長など所属上長の推薦状も必要となるためだ。上司の推薦が受けられない時点でSPにはなれない。

また、選考要件には複数あり、最低でも柔道3段以上、射撃上級、30歳未満という条件がある。さらに、もっとも過酷なのが身長制限だ。特例があるかは不明だが、男子であれば基本的に身長175センチ以上が条件となるため、これ以下では諦めざるを得ない。

このように厳しい前提条件をクリアして、なおかつ上司の推薦を受けた警視庁警察官だけが、SP選抜試験や面接を受けることを許される。無事に選抜されたあとは厳しい訓練を受け、その課程修了後、SPに任命される。

300人が難関に臨み、選抜される者は実に10人前後と言われており、中高時代から運動部で上位の者に対する絶対服従を叩きこまれ、精神力、反射神経、体力を鍛えたジョックスの中でも、さらに知力をも備える文武両道の者だけが選抜されるというのだから、狭き門などと生易しい言葉ではなく、優秀な親の遺伝子を受け継いだ者のみが許されたパスポート。

なお、前述したとおり、SPは警視庁にしかいないが、要人警護を担う専従のセクションは各道府県警察本部でも警護隊として編成されており、同隊に所属する警護員が各道府県知事などの上級国民の警護に従事している。

警察官の手当には『身辺警護等作業手当』がある。ただ、下記のサイトではSPは基本給と時間外手当のみとしている。

「SPに危険手当はありません。一般の警察官や自衛隊員が爆発物の処理などにあたる場合は1回当たり数百円程度ですが、SPの給料は基本給と時間外手当のみです。

引用元 ニュースポストセブン https://www.news-postseven.com/archives/20141020_281463.html

『総理大臣を護って殉職した警察官の血』が染み込んだ芝が警視庁にある

繰り返しになるが、SPの身体的な選考基準の前に志願者は任務に自らの命をはれるか否か、すなわち命を懸ける気概が絶対条件だ。二・二六事件では当時の岡田首相の警護に就いていた警視庁巡査ら5名が殉職した。巡査の中の一人であった清水与四郎は首相を逃がすため、反乱部隊の軍人にけん銃で応戦したが、凶弾に倒れた。

二・二六事件から80年を迎えた2016年。殉職した警察官らに黙祷を捧げる警視庁警護課のSP(警護官)ら=26日午前、東京都千代田区(中村 昌史撮影)典拠元 産経新聞社

事件当時は2月で東京でも雪の積もる日であったが、撃たれた清水巡査の血は雪を融かして土の芝に染み込んだ。警視庁本部ビルの16階にある警備部警護課が彼らSPの塒であるが、その窓辺では今も清水巡査の血を浴びた当時の芝の一部が、プランターでSPたちに育てられている。

ときに小銃や機関銃で武装した軍隊を相手にけん銃一丁で対峙し、要人を守り抜く。それは容易いことではなく、警察官に課せられる任務としてもっとも過酷だ。

SPの個人装備

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SPはわざと丈の長いスーツを着用し、装備品を隠している

SPが警護任務を行うシーンはドレスコードの必要な場面も多い。となれば、紺色のスーツ着用での任務が多くなる。赤い専用ネクタイを着用し、襟元には日によってデザインの違うSPバッジを着用する。

しかし、腰周りが絞られた市販のビジネススーツでは警察官、それも身辺警護の任に就くSPには不向きだ。

警視庁の公開資料によれば、SPはわざと流行遅れの丈の長いスーツをオーダーメードして着用しているという。その目的はスーツの下の腰周りに自動けん銃や、特殊警棒、無線機など、さまざまな個人装備を携行しているため、それらを秘匿することにある。

警視庁SPのけん銃が25口径から38口径に大口径化した理由は?

刑事にはスーツが公費で支給されていることは刑事の紹介ページも紹介したが、同じくSPにも税金でスーツは支給される。ただし年に一着限り。訓練で地面に膝をつき、大股を広げてけん銃を構えると、スーツが破れることもあるというから、もはやスーツというより作業服の感覚だ。ときには私費で捜査費を補う刑事と同じく、SPも意外と手弁当のようだ。

なお、アメリカのシークレットサービスと違ってサングラスはかけない。

SPの警護対象となる者は政治家のなかでもさらに高貴な一部のみ

厳しい選考基準で採用されたSPは少数精鋭。すべての国会議員や閣僚を警護することは難しい。

実はSPの所属する警視庁警備部警護課には1から4係まであって、それぞれ、総理、政党トップ、国賓、その他指定対象者など担当が決まっている。なお、警視庁警備部には警護課のほか、警衛課もある。1から3係まである警衛課では皇族を専門に警護を行うが、対象者が皇族の場合は警護ではなく、警衛と呼ぶ。本来、皇族の警衛は皇宮警察が行っており、警視庁の警衛課は予備的な部署となるが、皇族の移動に際しての交通規制なども受け持っている。

警視庁SPの警護を受ける者は法律で規定されており、基本的には内閣総理大臣や閣僚、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官であり、日本国民の中でも上級国民が対象だ。さらに外国の首脳や王様、王子様、お姫様、女王様などの貴賓。

またSPは通常、民間人の警護は行なわない。つまり厳密には公職ではない日本の総理夫人(ファーストレディ)の場合は、その身辺警護は行わないという厳しい現実がある。これは「皇族全員」を警護(警衛と呼ぶ)対象とする皇宮警察と異なる。

ただ例外もあり、警察庁が指定する『指定対象者』となれば、経団連会長など民間で要職に就く者もSPによる警護を受ける例もあるので、総理夫人も指定対象者となっているのかもしれない。

また、昨今では眞子様のご結婚相手として渦中の人である小室圭氏の身辺警護を警視庁SPが担っていた。通勤電車の中で小室氏が読書をする際もママと一緒に移動する際も銃を持った屈強なSPが警護していたのである。

皇宮護衛官の任務とは

政治家の公務以外でも警護する

例えば、政治家が公務以外の、遊びや会食などの最中でもSPは当然警護する。東京都知事が税金を使って家族旅行をする時も、自分は命を懸けて身辺を警護するのだから、自分で選んだとはいえ、その不条理な職務から来るストレスで胃薬は欠かせない。しかし、赤ネクタイの誇りにかけて怠けは厳禁。仕事の手を抜けば、スーツのエリからSPバッジをはずす屈辱が待っている。

徒歩での警護

政治家を中心に4人のSPが取り囲み移動するクサビ型警護では前のSP二人が前方を警戒し、後ろの二人が後方の警戒に当たり、突発的な暴漢の攻撃から警護対象者を守る。

警護車での警護

特殊鋼と防弾ガラスを搭載した装甲クラウンなどの警護車で要人を警護する。要人が襲われても、SPは発砲して応戦はせず、警護車に要人を押し込めると、そのままサイレンを鳴らし、事前に取り決めておいた安全な場所へ退避させる。総理大臣が乗車する専用車がレクサスであることから、追従する警護車両も排気量の大きな車両が基本。外国要人の場合にはメルセデス・ベンツの警護車がつく場合もある。

警護車はSPがVIP警護のために使用する各種装備搭載の特殊な防弾車両

女性SPも活躍している

SPといえば屈強な男の警察官のみのイメージだが、国際的な貴賓を招いた際、それが女王陛下だった場合は男性のSPでは不都合な場面も。そこで女性警察官のSPの出番だ。

イヴァンカ対応の「女性警戒部隊」は性差別とするワシントンポスト

トランプ米大統領の長女イバンカ大統領補佐官訪日の警護に対応するため、女性機動隊員から選抜した女性警察官数十人で「女性警戒部隊」を編成した。これは正式な”SP”ではないが、この日本警察の女性専用セキュリティチーム編成措置について、ワシントンポストでは賞賛するどころか時代に逆行する性差別だとバッサリ。cnnコメンテイターのジョナサン・ワックロウ氏の『彼女ら日本の女性警護官は第一線ではあまり働かないだろうが、二次的な支援で活躍する』という主旨の発言を引用しながらも、女性だけの警察部隊は性差別と報道している。

ドラマ題材度

★★★★☆

94年にフジテレビで放映された要人警護に命を懸ける警察官たちを描いた緒形拳主演の2時間ドラマ動く壁(原作・吉村昭 講談社文庫刊)は警視庁SPの実務を迫真的に描いた唯一無二のドラマだ。

<BSサスペンス劇場> 『動く壁』 http://www.bsfuji.tv/ugokukabe/pub/index.html

そのタイトルのインパクトと、役者たち演ずるSPたちのどこまでもストイックで凛々しい姿。近年ではその名も『SP 警視庁警備部警護課第四係』が人気を博しているが、ドラマで警備部のSPが題材になることは比較的多いと言える。

『動く壁』へのオマージュなのか、2013年には『藁の楯』というタイトルの映画も制作された。こちらは要人警護ではなく、凶悪犯の護送任務を警視庁SPが担うという奇想天外なストーリーだが、実際に警視庁SPや高知県警察が使用するHeckler & Koch社のP2000、それにグロックのプロップガンがSPの使用するけん銃としてスクリーンに登場するなど、正しい考証と凝った演出は見もの。

一方、2015年には舘ひろし主演の『SP 八剱貴志』という2時間ドラマも放映された。

SPのまとめ

このように警視庁のみに編成されているセキュリティポリス、通称・SPの任務をご紹介した。日本の要人の頂点である内閣総理大臣、一部の政党トップなどはこのような特別な能力を持つ警視庁警察官から日常的な警護を受けているのである。

なお、アメリカでは警察ではなくシークレットサービス(SS)という国土安全保障省所属の法執行官がトランプ大統領を警護している。シークレットサービスはもともと、アメリカ財務省所属の連邦特別捜査官で、金融犯罪などの捜査をも行っていた。

じつは警視庁警備部警護課にはSPのほか、総理大臣官邸を警護する裏方舞台ともいえる総理大臣官邸警備隊という部隊も編成されている。同部隊については下記のページで詳しくご紹介している。

総理大臣官邸警備隊は好奇心旺盛な生主、好きなことで生きてゆく人やドローンから総理官邸を30連発のMP5F機関けん銃で護っている