スズキ・キザシが覆面パトカーに選ばれた理由と見分け方を解説

2013年に捜査用覆面パトカーとして全国の警察本部に約900台が配備されたスズキの『キザシ』が捜査現場のみならず、マニアや世間に大変な衝撃を与えた。覆面パトカーの長い歴史の中でも長く語り継がれるだろう。

一体『キザシ騒動』とはなんだったのか。今一度振り返りたい。

キザシが2013年に警察庁に国費導入されたコトの発端

キザシはスズキのコンセプトカーとして、静岡県のスズキ相良工場で製造され、2009年に北米スズキから販売されたものの、完全受注生産であることから2012年度の国内一般販売台数はたった146台。

北海道警察生活安全特別捜査隊の任務の足を担うキザシ。道警では公安を除いて、白い覆面パトカーはほぼ存在しなかったが、キザシの配備で法則が崩れた。画像引用元 http://policecar.nomaki.jp/kizashium.html

ところが、2013年に警察庁が行った「私服用セダン型無線車(2,000cc級)」、すなわち捜査用覆面パトカーの一般競争入札にスバルやマツダなど同業他社の2000ccクラスセダンをかなり下回る異常な安値をつけたキザシをスズキが送り込んだ結果、警察庁に本気で落札されてしまうという珍事が発生。その結果、全国の都道府県警察に「国費導入の捜査用覆面パトカー」として約900台のキザシが一挙に配分されてしまったのである。

キザシに関する資料典拠元 http://www.fbijobs.net/police/H25/kizashi_recall

それまでは国内のスズキならびにその関連企業や下請けなどといった取引関係にある企業の幹部車として使割れる程度に存在の薄いレア車扱いだったキザシ。それが警察による900台もの一斉配備によって、全国を走るキザシの半数以上が捜査用覆面パトカーという異常事態になってしまった。これには警察マニアのみならず、自動車ファンも唖然。

実際、キザシのこの騒動は各週刊誌でも「近年マレに見るバレバレの覆面パトカー」として取り上げられた。一例として、週刊文春の2013年5月16日号の53ページでは『新規導入の覆面パトカーが希少車種すぎてバレバレ?捜査用覆面パトカー、警察庁、スズキ「キザシ」 』という題で紹介したほか、FLASH(光文社)も2013年5月21日号の66ページにて『覆面パトカーの覆面を剥ぐ!/「見分け方」を究める10カ条◆ 覆面パトカーの見分け方10、スズキ「キザシ」、都市伝説』という記事が載っている。

追記 トヨタ自動車公式サイトすら、キザシをネタに取り上げている始末だ。https://gazoo.com/article/meisha_ichidai/160406.html

このように、過去に例を見ない異色の覆面パトカーとして、突如降ってわいたキザシ伝説であったが、彼ら週刊誌やその読者であるプロボックスで毎日ガンガン得意先を走り回る営業マンや、煽られるほうに原因があるなどという層が恐れていて、なおかつ欲しい情報は同じ覆面パトカーでも、交通取締り用覆面パトカーの車種や取締りの手法のはず……。もっぱら交通違反取り締まりに従事しない捜査用覆面パトカーのキザシを取り上げる理由などなかったのでは。配備直後から週刊誌に面白半分に取り上げられて、とんだトバッチリを被ったのは現場の捜査員たち。キザシによって捜査に支障が出たか、筆者は知る由がない。

とはいえ、県によっては署轄レベルで刑事・生活安全課配備のキザシを交通課へ一時的に貸し出しているのか、交通覆面として限定的にイレギュラー運用されている例もある。刑事事件の捜査車両であることから速度違反取り締まりには対応できないので、シートベルトや携帯使用、赤信号無視など一部の取り締まりに限定されるようだ。ただ、このような運用はキザシに限ったことではない。

それではさらに“覆面キザシ”について詳しく迫っていきたい。

警察はキザシをいくらで買ったのか?

キザシの新車販売価格は約279万円と結構な価格だ。それもそのはず、ラグジュアリを重視したレッキとしたスズキのフラッグシップ・セダン(完全受注生産)である。

では、警察はこんな高級車を覆面にしたのか?などと思うなかれ。実際に警察が買った価格は市販車とはまるで違うのだ。

ちなみに、キザシ2駆の新車販売価格は約279万円。ところが官報を覗くと、 落札価格は713台で7億4799万2700円。 計算上、警察は1台あたり約105万円で買ったことになる。

引用元 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130508-00000002-sbunshun-soci

なんと驚きの一台105万円の覆面キザシ。保安装置(サイレン)や基幹系のデジタル警察無線機を搭載した覆面仕様と、これらの装備の無い捜査車両では同じキザシでも数十万円程度の価格差があるが、もちろん警察がこんなに安く取得できる理由は本革シートをファブリックに変更したり、フォグランプを非装備にしているからだけでなく、大量購入という理由もあるだろう。

警察が大量購入すると大幅値引きしてくれるグロックの例もあるが、無論、入札なので他社より安い価格を入札で提示したのはスズキ側。ただ、警察に採用されることでネームバリューを強めたいスズキの思惑もあったであろうことは想像に難くない。実際、幸か不幸か、かつてないほどの知名度を勝ち取って現場がドン引きしたらしい。おうおう。

覆面キザシと、民間キザシの違いを見分けるポイントはココ!

警察当局に捜査用覆面パトカーとして配備されている公用の覆面キザシと民間キザシとの見た目の違いはどこにあるのか。

外見の第一の特徴がフォグランプの非搭載だ。「捜査にフォグランプなど要らない」という男らしさなのか、安くするためなのか不明。ただ、キザシに限らず、覆面パトカーとして配備されたクルマはフォグランプを搭載しないことが多い。

一方で、従来の覆面パトカーでは雨よけ用のドアバイザーが非装備で納入されることが基本だったが、近年ではその法則も崩れ、キザシもドアバイザーつきで納入されている。

次に、雑な配線で日本アンテナ製のユーロアンテナがルーフやトランクリッドの脇に後付される点も外見の大きな特徴だ。市販車にユーロ仕様はないため、まず一番の決定打と言えるだろう。当然、後付のルーフアンテナは同軸ケーブルの処理が問題となるが、処理が非常に雑な警察本部もある。

覆面パトカーのアンテナを種類ごとに解説!偽装アンテナから車内アンテナの増加へ

しかし、茨城県警ではトランクリッドに堂々としたアマチュア無線偽装タイプのホイップ・アンテナを立てたキザシが存在するほか、昨今で車内用ガラスマウント・アンテナによって、アンテナレスに成功してしまった、ちょっとズルいツルッパゲの覆面キザシも見かける。

そのほか、警光灯脱落防止ピン、通称『屋根ピン』は他の車種同様、緊急車両指定された捜査用覆面特有の目立つ装備。屋根ピンが目立つため、それを引っこ抜いて穴を埋めた『ポッチ』の場合もある。どっちにしろ目立つのだが、とくに車体カラーがブラックならば、ルーフで目立つ突起は致命的だ。ただ、どちらもなければ、そもそも最初から覆面パトカー(緊急車両)ではなく、緊車指定されていない捜査車両の可能性がある。

覆面キザシのパーキングセンサーはアリか?

パーキングセンサーや、バックセンサーなどと呼ばれる前部および後方バンパーの丸いポッチ。覆面パトカーにこのようなセンサーが搭載されて納入される例は稀だが、県によってはセンサー付きの覆面キザシが存在する。県費による後付け装備なのだろうが、全体的に見ればセンサー付きの覆面キザシはかなりレアだ。

覆面キザシの車内と内装は?

お次は内装を見てみよう。無論、キザシの車内をのぞけば捜覆であることは一目瞭然だ。暗めの内装のため、サイドウィンドウ越しでは確認が困難だが『きそう214』などの車両コールサインを示すテプラを貼った警察無線用ハンドマイクや、足元にHKFM赤色灯収納用の変なバッグを発見できればしめたものだ。

通常は助手席の足元の収納袋に入れた赤色回転灯を置いて秘匿。

覆面パトカーが着脱式赤色灯を『二個載せ』する理由は?

さらに、覆面キザシは純正のインダッシュナビの代わりに、機動捜査隊では迅速出前と他の捜査車両の位置情報を共有可能にする警察専用のカーロケナビ、所轄のキザシでは市販の安物のオンダッシュナビを搭載。そして空いたインダッシュのスペースにはラジオと4秒8秒のサイレンアンプ、すぐそばにはホルダーに収まった拡声器用のハンドマイクが配置されている。

4パトカー パトライト サイレンアンプマイク SDM-04

パトライト製の拡声器用ハンドマイク。覆面がコンビニの前でウンコ座りしてたむろする少年たちの前でウンコンコンとマイクを指で叩くだけで少年たちはビクッと恐れおののくという。

なお、車載無線機の操作パネルは助手席グローブボックスの中。グローブボックスの扉を一部切り抜いてハンドマイクを出すという荒業に出ているが、無線機の秘匿は80年代からおなじみの手法で、昔はビニールカバーなんていう無粋なものをかけて秘匿していた。

さらに、Aピラーにフック、警光灯用メタルコンセント、フラットビームはほかの覆面と同様。

座席はレザーシートがファブリックに。やはり、他の覆面パトカー同様に安くするため、キザシも内装が貧弱だ。ハンドルも革巻きステアが廃止され、パドルシフトに加えてクルコンも無い。もはや『民間キザシ』と『覆面キザシ』は別物か。

このような各種ポイントが覆面キザシの見分けの一助となっている。

『バレたから隠す』でいいのか?ついに警察が対策に乗り出す!秘匿対策で覆面キザシのフロントグリル変更

画像の出典 『覆面パトカー24台大集結 年末事故に注意呼びかけ[2018/11/02 19:13]』https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000139971.html

ノーマル仕様のキザシではフロントグリルとトランクドア中央に燦然と輝く大きな「S」マークはもうお馴染みだ。知らない人が見れば『スズキってセダンも出してるの~!?うっそ~!』と指をさして驚き、知っているマニアが見れば、思わずニヤニヤして車内の刑事と目が合い、あっちは不愉快そうにナンバーを控える。

捜査の第一線に投入されるこのキザシ。実際の捜査現場で使う実務者でなければわからない悩み、というのもあるのだろう。コレで追跡や張り込みができるのだろうか。いいや、できない。実際、各県警はあまりにも目立つこの「S」マークに苦慮。リアから綺麗に「S」マークと「Kizashi」のロゴを除去したり、さらにはグリルのSマークをブラックアウト化させ、グリルの網と同化させることで目立たなくさせる涙ぐましい努力も行ってきた。

Sマークをメッシュグリルと同色にすることで、ナチュラルにブラックアウト化。もはやコイツがスズキのキザシであることや、各種警察事象の任務にあたる覆面パトカーであることに気づくきっかけなど、誰に与えようか。画像引用元 http://www2.famille.ne.jp/~mst-hide/back15/150514.html

しかし、やはり異様なその秘匿化がアダとなり、逆に目立つ結果となっている。

そして2014年春、今度は警視庁から、ユーロアンテナをはずして秘匿したうえに「S」マークが初めからつかないスクリット製の社外フロントグリルを付けた覆面キザシを配備させたことが明らかとなった。

スクリット製のフロントグリルに換装されて、ちょっとしたカスタムVIPカーに見えるキザシ。画像引用元 http://policecar.nomaki.jp/kizashium.html

社外グリルを装着した覆面キザシは一気に「VIPスタイル」、すなわちヤン車化。公道での威嚇因縁度がアップした姿はすこぶる衝撃的。『覆面パトカーのプリウス』を小馬鹿にするアメリカの映画『アザーガイズ』の刑事のセリフではないが、刑事がこんな車に乗るのか。

プリウス覆面が活躍(!?)する映画「アザー・ガイズ」に見る米国でのエコカーの立ち位置

それにしても、小細工で余計に目立ってしまっては本末転倒ではないだろうか。

ついに白黒警らパトカーのキザシも登場!やはり独特の違和感

警察車両としてのキザシが新たなステージへ突入した。2014年4月、神奈川県警察本部にキザシの無線警ら車がお目見えしたのである。

以前からキザシが白黒PCとして導入される噂はあったが、神奈川県警が全国初の導入となった。実際に走っているキザシの白黒PCはミニ・クラウンみたいで妙な違和感。警ら仕様なので赤色灯は昇降装置つきだが、やはり覆面同様、フォグランプ非搭載。

さらに同県警の白黒キザシにはAEDも搭載されており、トランクリッドにAED搭載車を示すステッカーが貼ってある。

しかし、残念ながらキザシの警らPCが配備されたのは神奈川のみ。全国的に普及はしなかった。日産クルーみたいな『愛されパトカー』になってほしかった。

キザシがリコール!しかも覆面のみ

またしても、キザシの伝説に追い打ちをかけられた。冷や水を浴びせられたのだ。いや、スズキが自分で浴びせた。

なんと覆面パトカー版の「キザシ」が不具合でリコールになってしまったのだ。

http://www.mlit.go.jp/common/000997524.pdf

リコールの理由はサイレン用スピーカーに雨などの水抜き用の穴を開けなかったため、水たまりを走った後に水がたまり、サイレン音が小さくなってしまう不具合。もちろんリコール対象車は「警察の緊急車両」仕様の捜覆キザシのみで、緊急指定されていない捜査車両やマニアのキザシとは無関係。

しかし、今回はなんと週刊誌どころか、テレビのニュースでも「サイレンに水がたまりパトカー1070台をリコールへ」 として取り上げられてしまったのである。

バレバレの覆面で本当にいいのか?

このように、キザシの覆面パトカーがカーマニアや警察マニアだけでなく、テレビや週刊誌など各方面で話題になってしまい、一般大衆にまで大々的に存在がバレてしまったことによって、秩序の維持と法執行に支障をきたしてしまうようでは笑い話で済みはしない。

ところで、「フェラーリを乗りたいときに乗り回す麻布十番の社長」という面白い動画があった。

何かの会社の社長という若い方がイタリア製の高級乗用車を乗りたいときに乗り回すというシャレオツな内容だが、社長のイタリア製高級乗用車の後ろにはアンテナピンコ立ちのヤバイキザシがぴったりと後をつけていることに驚愕。

これが偶然なのかマークされているのか不明だが、イタリア製高級車よりも覆面キザシのかわいらしいダックテールに目が釘づけになってしまう筆者は、やっぱりキザシファンなのであろうか。

キザシのまとめ

キザシを当局が採用した経緯、そしてスズキが北米市場に挑んだキザシという夢。

もはや公用ユーザーでも内偵や捜査に使用できず、バレてもいい捜査、特定任意団体や人物の周囲でグルグルして当局の存在を敢えて誇示させる「いつも見ているんだからね」用途、部内逓送用や移動用のゲタ車、夜間専用特攻機になっているという指摘すらあるが、覆面パトカーの伝説になったことだけは確かなはず。

また、各方面からこれだけの熱い視線を浴びたネタ車であるにもかかわらず、覆面パトカーのミニチュアカーをモデルアップすることで定評のあるトミーテックさんやRAI’S(レイズ)さんはまさかのスルーかよ。おかしいでしょうが。ネタ車はよせ。

なお、2014年にはテレビドラマ『金田一少年の事件簿N』にてスズキがスポンサーを務めた理由から、本編に捜査用覆面の劇用車としてキザシ(フォグ有り)が登場したほか、2020年には『未満警察』にも登場した。

キザシを警察車両の劇用車として登場させるドラマが多くなることを願うばかりだ。

ただ、残念ながらキザシの販売はすでに2015年で終了し、同年12月をもって製造中止となっている。警察に配備されるキザシも耐用年数を迎えれば次第に数を減らしていくが、令和4年10月現在もバリバリの第一線覆面パトカーとしてキザシは活躍中だ。

このページを執筆するにあたり、下記サイト様を参考とさせていただいた(著作権法による典拠元の明示)。

http://www2.famille.ne.jp/~mst-hide/
http://nightshift.opal.ne.jp/jp9/scrit140811.jpg