目次
刑事ドラマや映画に登場する覆面パトカーの赤色灯はいつだって私たちにアクティブな視覚的警告という名の情熱を送ってくれます。一般車両を装った覆面パトカーが、悪を見つけるや否や、赤色灯を露わにして変身する姿はヒーロー物の変身シーンにも似ています。
警察庁では、とくに交通取り締まりにおいて覆面パトカーを使う理由を以下のように国民に説明しています。
警察庁としては、運転者に取締りの有無にかかわらず交通関係法令を遵守させ、限られた体制の下で効果的に交通秩序を維持するためには、警察用車両であることを明らかにせずに交通取締りを行う必要があると考えている。
現在、日本警察の覆面パトカーの回転灯には用途に応じて着脱式と、自動で起立する機構になった、いわゆる反転式の2種類が配備されています。
捜査用覆面は着脱式赤色灯
捜査用覆面パトカーではパトライト社製のHKFM-101Gという着脱式赤色灯、さらに助手席サンバイザーに設置されたフラットビームで一般車両に対して警告を発し、サイレンを吹鳴させながら緊急走行を行います。
この着脱式赤色回転灯『HKFM-101G』の製造と納入をしているのはパトライト社ですが、以前は佐々木電機という社名でした。また、一部では小糸製品も納入されており、同社製品は同じ流線型ながらも形がパトライト製品と微妙に異なっていました。小糸は現在も白黒パト用の赤色灯を納入しています。
着脱式赤色灯は通常、覆面パトカーが緊急走行する場合、ルーフ上に載せられて運用されます。メーカーのテストによれば、リミッター上限の180キロで走行しても外れません。
このHKFM赤色警光灯には専用の収納ケースもパトライト社からラインナップされており、通常は助手席の足元にこの収納袋に入れた回転灯を置いて秘匿していますが、収納ケースを使わずにそのまま車内の足元に転がしている運用もあるようです。
マニアはHKFM用の収納袋さえも、どこからともなく入手し、さりげなく助手席に置いておくという念の入れようです。
着脱式赤色灯がアメリカで『コジャックライト』と呼ばれる理由は?
現在、米国内の警察機関の覆面パトカーでは発光ダイオード、つまりLEDによるストロボライトなどの警光灯が主流となっていますが、80年代は日本と同様にルーフに手で装着する涙型の着脱式赤色灯でした。
そして、この”涙型のライト”はアメリカ国内では俗に『コジャックライト』と呼ばれていました。あの名作刑事ドラマ『刑事コジャック(1973)』が由来です。
「刑事コジャック」のほぼすべてのエピソードで、NYPDマンハッタン・サウス分署のコジャック警部補(演/テリー・サバラス)は覆面ビュイック・センチュリーのルーフに「涙の形をした赤色灯」を載せて使用します。
その後、アメリカでは90年代になると覆面パトカーのルーフに載せる警光灯は外部型からダッシュボードに設置するFederalSignal Corp.のFireBeamなどが主流となり、日本と同じ形式の『コジャックライト』を米国内で使用する警察機関はほぼ絶滅状態です。一方で我が国の覆面パトカーでは2021年度に配備されるカムリの機動捜査用車でもバリバリ現役のスタイルです。
それにしても『コジャックライト』、日本風に言えば『コジャック灯』。このなにか古臭くて新しい響きに魅力を感じます。これからは『着脱式警光灯』を『コジャック灯』とイナセに呼びませんか?
えっ!?47年前からすでに呼んでいる?先輩、失礼しました・・・。
ダッシュボードの上でパトライトを点灯
ダッシュボードの上に着脱式赤色灯を載せて緊急走行をするスタイルは昔の刑事ドラマでよく見られたものですが、現実の捜査用覆面パトカーでも、赤色灯をダッシュボード上に載せて点灯させての緊急走行は実際にあるようです。
京都で偽覆面のトヨタ・ヴィッツがダッシュボードの上で赤色灯を点灯させ、本物のパトカーに追い回された事件にて、コメントを求められた元警察官でジャーナリストの故・黒木昭雄氏によれば、「非常に眩しいため運転しにくく限定された方法だが、皇族警護などで実際に行う場合もある」とコメントされています。
一見、横着したスタイルにも思えますが、咄嗟の場合は有用なのかもしれません。また、ラジオライフ誌によれば、警視庁の捜査用覆面が駐車禁止区画に駐車する際、警察車両であることをそれとなくアピールするため、ダッシュボードの上に赤色灯を消灯状態でさりげなく置いておくそうです。
それでも警察車両と気づかずに、駐禁取り締まりをしてしまう駐車監視員や女性警察官がいて、これには刑事も苦笑いするそうです。
捜査用覆面の屋根は傷だらけ
このように、捜査用覆面は着脱式赤色灯を緊急走行の都度、ルーフ上に載せるため、回転灯下部のマグネットとルーフの間に砂や小石を噛んだまま、神奈川機捜ばりの激しいカーチェイスにでも突入したならば、やはりルーフは傷だらけで悲惨なことに。
なお、警護車はこれを嫌って助手席の屋根上に透明の保護シートを貼り付けて、その上に赤灯を載せて運用する場合もあります(警護車の多くは反転式ですが、幹部車両には着脱式もあります)。
さらに、県警によっては赤色灯を二つ載せる場合もあります。
交通用覆面は反転式赤色灯
一方、もっぱら交通部で使用され、交通取り締まりに従事する覆面パトカーのほぼ全てはルーフの中央から赤色灯を機械式で出す『反転式赤色灯』になっており、車内のコンソールのスイッチ一つで赤色灯が起立します。
現在のパトライト社モデルは上下が180度逆に収まっているのではなく、45度の横向き状態に倒されて収納されており、スイッチを押してから赤色灯起立まで実に2秒。収納は1.8秒ですから、まさにあっという間です。
なお、トヨタ製の交通覆面パトカーにはトヨタ製の反転式赤色灯が搭載されています。
速度違反車両を追跡する交通機動隊や高速道路交通警察隊の交通用覆面パトカーの場合、高速運転の状況下では窓から手を出して着脱式赤色灯をルーフに乗せるのは危険ですから現在は赤色灯を機械的に屋根からモーターで出しているというわけです。
また、重要人物を警護するいわゆる警護車も反転式になっています。
外国人が日本警察の反転式赤色灯に「卑劣だ!」と嘆いた理由は?
さて、このような交通用覆面パトカーや警護車の反転式警光灯。日本に住んでいる人々からすれば、もはや見慣れたものですが、どうやら日本以外の「覆面パトカーに反転式警光灯が無い文化圏の人々」には珍しいようです。
例としてSNEAKY UNDERCOVER JAPANESE COP CAR!!という動画の投稿者は『sneaky』という言葉を使っており、多少批判的です。『sneaky』とは『こそこそ、隠れてする、密かに』という意味あいがあり、卑劣という意味合いも含まれていますから、まさに「日本の警察の覆面車両は卑劣だ!」というタイトルでしょう。
ハリウッド映画を見てもわかると思いますが、アメリカなど先進国の覆面パトカーでは、70年代からルーフ装着型の着脱式警光灯のほか、車内設置型のダッシュライト(カリフォルニア州では州法により警察車両は赤色灯と青色灯の両方を設置しなければならない)を置くなどして、今ではとっくに車内設置式ですから、覆面がライトを隠す巧妙な手口はアメリカの警察も日本の警察も同様のはず。日米とも覆面パトカーの運用自体に変わりは無いのでは?
そう思っていた筆者ですが、アメリカの覆面パトカーの運用を調べていくうちに、重大なことに気が付きます。アメリカの場合、州によっては交通取締り用のみ覆面パトカーを使うことを禁止されていたり、ハイウェイパトロール(ステート・トルーパー)では完全な覆面ではなく、通常のパトカーの様に車体のサイドのみにマーキングを入れて、正体を晒した中途半端な覆面も運用されているのです。
その理由のひとつには偽覆面パトカーを使用した『ブルーライトレイピスト事件』が挙げられるでしょう。
完全に警察車両としてのディティールを消してしまうのが基本である日本の交通覆面パトカーと、完全に警察の存在感を消さないアメリカの交通覆面パトカーでは、その運用や配備の構想に明確な違いがあったのです。このように日本と米国の違いから、アメリカ人が日本の完全なる覆面パトカーを見ると「日本の交通覆面は卑劣なり」と感じてしまうのも無理がないのかもしれません。
覆面パトカーの着脱式赤色灯と反転式赤色灯の違いのまとめ
このように、日本では捜査用の覆面パトカーには手で直接ルーフに着脱するタイプの『着脱式赤色灯』が主に使われ、交通用の覆面パトカー、それに要人警護に使用される警護車には電動で展開・格納できる反転式赤色灯が主に使われています。
とはいえ『捜査用覆面パトカーが着脱式赤色灯を使う』のは今でこそのお話。70年代、80年代では機動捜査隊の覆面パトカーは反転式だったのです。今でも捜査用覆面の一部では交通機動隊など、他所の部署から反転式赤色灯搭載の交通覆面をお下がりとして融通されて使うイレギュラー配備もありますから、捜査用=必ず着脱式というわけではありません。
逆にショカツの交通課が刑事・生活安全系の捜査車両を一時的に使用して、携帯電話使用、シートベルト未装着などの違反取り締まりを行う場合もあります。中身をよく見ると青い制服を着ていることも実際にあります。
また、反転式赤色灯を覆面パトカーが搭載されているのは、日本の警察だけなのかはわかりませんが、少なくともハリウッド映画に出てくるアメリカの警察の覆面で日本のような反転式機構は見たことがありません。ただ、パトライト社は外国警察にも反転式の売り込みを行っているかもしれません。『外国で反転式を見たよ』という情報があれば教えてください。
それにしても日本警察では着脱式や反転式、車内設置など、いろいろな使い方がありますよね。