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警察官の職責は市民の生命財産を守るため、一身の危険を顧みず職務を遂行する義務を負っている。その任務達成のためには日本国内の他の公安職と比べても、とりわけ厳しい服務や上命下服の規律維持が必要になる。その根幹となるものが警察法62条において定められた警察官の『階級』である。
全国18万人の警察官はすべてその職を拝命したその日から、このピラミッド型の階級制度に身をおいて、自己より階級が上の者には恒常勤務のみならず、家庭の中にも介入され、人生の人間関係すべてにおいて、絶対服従の上下関係に身をおくことになる。
刑事ドラマの描写では『上司に意見したり、指示を無視する刑事』がありがちだが、実際に上司の指示を無視する警察官がいたとすれば、考課票にそれが記載され、親が高位でない限り出世は絶望的となるほか、左遷の上で早々に組織から追ん出される。
警察官の階級
警察官の階級には下から順に巡査(および巡査長)、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監までの9つがある。このうち、警視総監は警視庁のトップだけが就ける階級および職位であり、他の道府県警察本部に警視総監はいない。
巡査
ノンキャリア採用の警察官なら、高卒も大卒も巡査がスタートラインだ。巡査に甘んじてはいられないと考えている若い警察官はしきりに勤務評定(=違反や事件摘発の数値目標、いわゆるノルマ)を稼ぎつつ、大卒で2年、高卒で4年の実務経験という巡査部長昇任試験の受験資格を得るための長い期間を乗り越える。その間に女子高生の誘惑に負け、不祥事でも起こそうならば、昇進試験のチャンスを逃し、その後の警察内での出世は絶望的となるため、早々に依願退職をして、交通安全協会やセコムなど警備会社へ再就職することで生涯所得の低下を防ぐ。
“巡査長”が正式な階級とされない理由
「巡査長に関する規則」(昭和42年国家公安委員会規則第3号)によれば、実は巡査長は正式な警察官の階級ではなく、階級的職位、すなわち名誉階級となっている。そのため、平巡査とのヒエラルキーでは上でも、立ち位置はあくまで『巡査長たる巡査』。ただし、階級章も俸給表も巡査長用のものが用意されている。
巡査長は10年経っても昇任試験に受からず、巡査部長昇任試験に受からない警察官の士気高揚を図るための階級だと言われるが、実際、拝命10年を超えた巡査は懲戒歴などがなければ『特段の選考』を必要とせずに、自動的に巡査長に昇進する。これを『試験勉強をする間も惜しんで本来の職務に邁進した』というご苦労さまの労いと捉えれば名誉だが、部長に受からない巡査へのお情けの救済と捉えれば不名誉と、その捉えかたは人によるだろう。
そして、これが試験なしの巡査長と、昇任試験を受けねば昇任できない巡査部長との高い壁でもある。
一般に警察官は階級が上がると、それまでの部署から新たな部署へと配置替えになる。これは、元の部署では同僚だった者が部下となり、指揮命令系統がギクシャクするため、それを防ぐ目的があるという。警察官にとっては昇任と配置転換は基本的にセットだ。
警察官の昇任制度は試験による昇任と、勤務成績および実務経験の年数に基づいた昇任がある。ノンキャリアの巡査から警部までは基本的に試験による昇任となっており、それ以上の階級は勤務成績による選考となる。なお、元刑事の小川泰平氏によれば『割合として警備部の機動隊員に巡査部長の昇任者が多い』という。
全都道府県警察の警察官のうちの階級別の割合は、巡査(巡査長含む)および巡査部長、そして警部補はそれぞれ30パーセントで警部が6%ほどだという。
巡査部長
ノンキャリアの地方採用警察官はおおむね2年から4年で巡査部長昇任試験を受験する機会を与えられる。所轄署では主任に就く。
ドラマでも言っているが、とにかくノンキャリアの高卒採用の巡査にとって、昇任は昇任試験ありきだ。勤務の合間(勤務中も時間が許す限り)に勉強、勉強の日々。大事件の犯人を捕まえられれば、特進も夢ではないが、夢のまた夢。寝る間も惜しんで勉強して試験を突破するほうが利口だ。
巡査が司法巡査と呼ばれる身分だったのに対し、巡査部長以上の階級では司法警察員と呼ばれる身分になり、より多くの権限が付与される。
警部補
警部補になると巡査部長では認められなかった調書作成、身柄の引き渡し、裁判所への各種令状請求が可能となる。
語学・簿記・コンピュータなどの特別な資格を持つ者が「専門捜査官」として採用される場合は、巡査部長で採用する警察本部もあるが『警察官になった人はみんな巡査からスタートする』なんてのは基本的には都道府県警察本部採用限定だ。キャリア採用ならば、警部補が初任時階級なのだから。
いわゆるキャリア採用とは国、つまり警察庁が実施する国家公務員採用試験I種・II種合格者から同省が幹部候補生として採用する警察官。キャリアは現場の警察実務ではなく、本省において警察行政に係る企画立案や現場警察官への指揮が業務主体。キャリアの初任時階級は警部補からスタートし、採用後は警視庁で現場研修を行った後、警察大学校で研修を受けたのちに早々に警部となる。その後、全国の警察本部の各警察署長に就き、将来は各都道府県警察へ本部長クラスで出向、その後はとくに不祥事を起こさない限り、順調に本省で昇進する。一方、準キャリアと呼ばれるⅡ種採用の場合は巡査部長が初任時階級となる。キャリア官僚はすでに最初の試練であるⅠ種に合格さえすれば、ノンキャリアの警察官のように経験値を稼いだり、昇任試験は必要なく、勤務年数で自動的にレベルアップしてゆくのが特徴だ。これらキャリアの学歴は東京大学、京都大学、東北大学など日本で最高峰の国立大学法学部出身者がその大半を占め、学閥も布かれる。
なお、警部補は所轄署では係長クラス。
警部
ドラマでおなじみの警部という階級だが、実際には警部が現場で直接捜査をすることは希だ。現場仕事から離れたくないという警察官は警部補どまりも多いという。所轄署では課長クラス。
警視
ノンキャリアの地方公務員である都道府県警察本部採用の警察官の昇任は警視がギリギリの線となる。つまり「キャリア組」とノンキャリアとの大きな壁である。ノンキャリアでもそれ以上の昇任が不可能ではないが、多くの場合、警視で定年を迎える。警察庁本省では課長補佐クラスに就く。所轄署の警察署長や警察本部では課長クラス。
警視正
警察官の階級のうち、警視正以上は『地方警務官』という。都道府県警察所属の警察官(地方公務員)のうち、警視正以上の階級にある警察官の身分は警察法の規定により『国家公務員』となる。これがいわゆる地方警務官制度。つまり、その任用を地方の警察本部ではなく、国(警察庁)が直接行うことで地方の警察本部上層部の人事に釘を刺す。大きな所轄署長や警察庁本省では理事官クラス。
警視長
ノンキャリア警察官が昇任できる最高階級である。道と府を除く警察本部の本部長に就く。
警視監
キャリア採用者が不祥事を起こさない限り、最終的に必ずたどり着く安住の階級。北海道と府では本部長に就く。警視庁では副総監や各部長が警視監である。警察庁本省では次長、局長、部長クラス。
警視総監
警視庁の英語表記はMetropolitan Police Department。通称MPD。つまり”首都警察”。
ただ、行政組織的には警視庁はあくまで東京都の警察行政を管轄する「東京都警察本部」であり、一地方警察本部に過ぎず、実際警視庁には他の道府警察本部を監督、指揮する権限などはなく、他の道府県警察本部と比べても特段、警視庁という組織の立場が上であることはない。というのが建前で、実際には警察本部ごとに序列はあるだろう。なにしろ、人員規模も予算も日本最大、警視庁のみが全国の警察の中で唯一、警視庁を名乗ることが許されているのだから。なにしろ都の予算で買う制服は質がいい。
大阪府警本部庁舎。天下の大阪府警も「大阪警視庁」を名乗れない(戦後は大阪市警視庁を名乗ったこともあったが)。
そして、大規模警察本部では警視監が本部長を務め、小規模警察本部では警視長が務めるが、4万3千人もの人員を擁する警視庁のトップのみは、警察官の階級で最上位かつ、ほかの道府県には存在しない『警視総監』が就く。また、警視総監だけは他の道府県警察本部長と違い、内閣総理大臣が任命する。
警視庁がほかの道府県警察本部より格上ということは決してないが(!?)、その組織の長たる警視総監の階級的立場はほかの警察本部長よりも上。ただし、警視総監が警察官の階級で最上位であっても、階級が下である各道府県警本部長に命令できる権限など、指揮命令系統上ない。あくまで権限が及ぶのは東京都を管轄する警視庁のみだ。麻呂は徳川の家来では……という具合だ。
識別章は階級章を兼ねている
なお、一般に警察官は巡査から警視監まで、制服の左胸に識別番号の入ったプレートを入れた識別章を着装するが、これは階級章を兼ねている。
平成14年10月、警察官の匿名性の排除を狙って導入された新型警察手帳と同時に、制服の左胸に着装する識別章も導入された。識別章は下半分が階級章を兼ねており、本体上部には警察官個人に与えられた識別番号を記載した『番号票』のプレートを差し込む。通常、識別番号はアルファベット2文字と3けたの数字で表記されており、胸の識別章を見れば、階級と固有の識別番号がわかるため、警察官の個人識別が可能となった。ただし、警察官は胸の識別章の番号票を裏にして隠すことも認められている。例えば、警察官がある種の任意団体の家宅捜索を行う際や、その事後において個人を特定されて警察活動を妨害されると認められるときなどは制服の胸につけている識別票に表示されている個人を特定する固有番号である『番号票』を裏面にして隠すことができると各警察本部では訓令を定めている。なお、裏面には所属する都道府県警察本部の名称が表記されている。ただし、警視総監、警察庁長官は識別章を着装せず、肩に階級章を着装する。
ただし、警視総監に識別章は制定されておらず、警視総監は胸に識別章を着装しない。その代わり、制服の両肩エポレットに4つ桜の日章を取り付ける。後姿でも警視総監とわかる副次効果(?)もあるのだ。
警視庁以外の警察本部の公式サイトによくある『警察官Q&Aコーナー』ページ内の階級紹介では警視監(本部長クラス)までは紹介していても、警視庁のみにしか存在しない階級および職位である『警視総監』までは紹介してくれないこともある。例えば、愛知、愛媛、滋賀、福岡といった各県警察のサイトでは警視総監まで紹介しているが、宮城県警察のサイトでは警視監までだ。
とくに鹿児島県警察本部では、警視庁の父と呼ばれる川路利良氏が鹿児島出身であることから、川路利良・警視庁初代大警視(警視総監)については詳しく紹介している。
明治初期の薩摩藩士であり、警視庁の創始者にして初代”警視総監”の川路利良氏。当時、警視総監は「大警視」とも呼ばれていた。鹿児島生まれの川路氏は軍人としても日本の内戦で勇敢に活躍したほか、マルセイユからパリへ向かう列車内で、ある物を新聞紙に包んで投げ捨てるなど、その豪胆なエピソードは枚挙にいとまがない。川路大警視の偉業をたたえ、警視庁警察学校には川路大警視の像が建立され、警視庁下谷警察署は川路大警視の私邸跡に建てられるなど、まさに日本警察の父として全警察官から崇められている。また、出身地である鹿児島県の鹿児島県警察本部内にある購買では、その名も「川路大警視」という名の焼酎が販売されており、川路大警視ファンなどがこぞって購入している人気商品だ。また、川路大警視の出生地付近にはその名も「大警視」というバス停まである。
というわけで、全国の警察本部の中でも、警視庁のみが優越をつけられているような気もするが、警視庁もあくまで、首都たる東京都内のみに限って警察行政を管轄する『東京都警察本部』に過ぎず、立ち位置はほかの道府県警察本部と横並びというわけ。ただし、その組織の長である警視総監という階級は警察官の階級で最上位であり、警視庁にしか置かれないのである。
なお、警察庁のキャリア官僚は必ず警視庁で実務を学ぶが、本省勤務のキャリア警察官の職務は一言で言えば『警察行政の政策立案』であって、現場の捜査は一切しない。ただし、各県警本部に出向した場合はこの限りではない。
警視総監よりも偉いのが警察庁長官。だが、階級ではない。
そして警視総監よりも偉いのが警察庁長官で、全警察官の中で最上位の警察官だ。しかし、警察庁長官は階級ではなく、あくまで階級的職位である。
警察庁は東京都千代田区霞が関二丁目1番1号にある警視庁のすぐそば、霞が関の中央合同庁舎に入っており、同所には国家公安員会も。
47都道府県警察および皇宮警察本部を指揮監督し、全国の警察を掌握するのが日本の警察機関で最上位に位置する国の機関、警察庁だ。ただし、警察庁の実務主体は警察行政の立案と警察全体の指揮監督のみ。犯罪捜査の主体はあくまで各都道府県警察だ。また、警察庁は管区警察局という出先機関を持っており、こちらも都道府県警察とは別の警察組織だ。警察庁は警察庁長官を頂に、多くの職員を有しており、ほとんどがいわゆるキャリア採用の警察官だが、各都道府県警察から出向してきた地方採用の警察官のほか、事務官や技官などの職員や、他省庁から出向してきている職員もいる。
警察の階級制度上、最高位は前述した警視庁のみに存在する警視総監となるが、警察という組織全体のヒエラルキーで最も高い上位者は、やはり警察庁の長たる警察官、すなわち『警察庁長官』というわけだ。
ただ、全国18万の警察官はすべて階級制度に身をおくとは言ったが、「警察庁長官」は階級ではなく職位のため、警察庁長官のみは、全警察官の中で唯一、階級のない警察官となる。
警察官の階級のまとめ
このように、警察官の階級は警察法62条によって厳格に規定されており、その階級には巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監、そして非公式な階級として巡査長があるというわけだ。
さらに、唯一、階級制度を適用されていない警察官として警察庁長官が警察という組織のトップとして君臨している。
なお、公務中の殉職で階級が上がり、退職金が増額されることで遺族の生活を保障することで知られる、いわゆる警察官の二階級特進については以下のページで解説している。