警察学校の採用時教養で基礎となる初任科教養に脱落者が多い理由

警察官を目指す者にとって、各都道府県警ごとに行われる警察官採用試験が最初の試練だ。各警察本部ごとに実施基準が異なるので一概には言えないが、一般的に採用試験は1次および2次試験に分かれている。

香川県警察の採用案内を例に見ると、筆記および論文試験、体力検査、第1次身体検査が行われたのち、集団面接試験に進むことが許される。ここまでが第1次試験である。さらに第1次試験に合格すると、第2次試験として適性検査、第2次身体検査が行われたのちに口述試験(自己PRおよび個別面接)が行われ、身辺調査を経たうえで最終的な合否が判定される。

いずれの警察本部の場合でも、最終合格して成績順に採用候補者名簿に登載されると、欠員が出るごとに上位者から採用され、警察官を拝命する。

警視庁の場合、採用される男性警察官は年間2000人あまり、同女性警察官は200人あまりだという。

そして採用時教養のため、入校するのが全寮制の各警察学校である。採用時教養の第一段階となる『初任科』を、大卒採用で6か月、それ以外の採用区分で10か月間にわたって受けるのだ。

警察学校に授業料はなく『条件付き採用の警察官』として毎月の給与と賞与が支払われる。条件付き採用とはいえ、入校時に『巡査』の階級を拝命しており、学生の身分は警察官に変わりはない。

一般に、採用時教養の複数段階の中でも、基礎となる初任科教養は警察官としての素養を身に付けるものであり、精神的にも肉体的にも限界まで追い詰められる。

しかし、卒業配置後の実務はもっとつらいのだから、その素養ができていなければ務まりはしない。だからこそ、それに見合った俸給、有給、ボーナス、各種手当てなど、ほかの公務員よりも俸給が高い公安職公務員としての福利厚生が約束されている。

警察官志願者と警察学校の中のリアルとの乖離

警察学校の厳しさは同じ階級社会で上命下達の徹底が絶対の自衛隊や消防、海上保安庁、サラリーマンと比べても互角かそれ以上であり、全寮制生活の中で学生巡査らは教官(警部補)と助教(巡査部長)、そして入校が半年上の怖いパイセン(指導員という)には絶対服従だ。厳しさに耐え切れず、自ら教場(クラス)から脱警する学生巡査も多い。

すなわち、巡査を拝命し、初任科生として教場に着いた時点で絶対的な警察の階級社会にオメーはもう身をおいちまってんだヨ。ケンタッキーのバイトみたいに簡単にバックレられると思ってんじゃねーゾ?あ?チキン野郎が。揚げんゾ、テメー。ひいいィ毎月28日はとりの日ィ~!階級上がる前にパリパリに揚がる~!みたいな、センスのカケラもないヤンキーマンガに似た価値観を共有する世界。

ただし、怖いのは彼らだけではない。協調性がなく集団行動能力に劣り、注意力の欠けた学生に対しては、同期生たちからも無視や貸与された装備品を隠されるなど、徹底的な排除行動が待つ。

現代社会では単に『いじめ』と呼ばれるこれは、日本古来の武家衆道(体育会系ホモ社会)から続く伝統芸であり、警察学校も例外ではない。

それを裏で主導するのはやはり教官たちだ。同じ目標を持った仲間と寝食を共にすれば、自然と連帯感や友情が深まることもないとは言えないだろうが、集団の中の一人がヘマをやれば、連帯責任の名のもとに同期全員で腕立て伏せの罰を受ける。イジメを原石のブラッシュアップに使うのはブラック企業の専売特許ではない。当然、女子学生もスポ根の新体操部よろしく、寮では怖い女の先輩から指導を受ける。自分で立ち上がって戦わねば、教場のすみや、川路大警視の銅像の前でうずくまって泣いてても誰も助けてくれないタッポイ世界である。これはどの業界でもそうだが、良いメンターと巡り合えればいいが、質の悪いメンターなら、若者にとってその後の人生を人並みに回復させるのは苦労する。例えるなら毎週のように求人チラシで求人を出す、従業員が定着しない自称『アットホームなお店です!』を名乗る店のようなもの。

このように入校すると教官と先輩は神様で、全寮制高校の野球部や、苦行僧の精神修業のような世界が待っている。上司に理不尽な命令をされてもぶん殴るような人間を正式な警察官にさせないため、条件付き採用の巡査の段階で徹底的に振るい落としていく場所こそが警察学校なのだ。

ある県では警察学校での扱いがひどすぎて訴訟が起きた。

退職強要で訴訟が起きるケースも

ビズジャーナルによると、13年度、全国の警察学校の中でも学生の退職率ワーストワンだったのが兵庫県警察学校。退職率は実に25.1%とずば抜けて高い。学生4人に1人が脱落するというのだ。同校を巡ってはあまりの厳しさに退職を余儀なくされたとして、2015年には元学生から県警に対して訴訟を起こされるケースも発生。逆に、全国の各警察学校の退職率で最も低かったのは大分で1.1%。次いで宮崎2.2%、富山2.4%、皇宮2.6%、山梨2.9%、新潟3.1%、沖縄3.2%、山口3.4%、愛媛3.9%、島根4.4%、群馬5.0%、山形5.0%となっているという。詳しい全国の退職率の全容はビズジャーナルで報じられている。

内情を暴露してしまえば志願者が集まらないのは警察も自称アットホームな職場です!も同じだ。警察学校の厳しさは各都道府県警察の公式ホームページ上では見えてこない。

自ら選んだイバラの道に文句を言う学生巡査は少ないだろうが、採用する側である都道府県警でも、一部では警察官志願者との『ミスマッチ』は防ぎたい考えで、積極的に『情報公開』を行うケースもある。

中でも、千葉県警が警察官志願者に対して行うバスツアーは、ほかの県警に先駆けて一歩リードしており、いわゆる信頼関係の醸成に努めている。

千葉県警察の『警察学校バスツアー』という試み

同県警本部では2015年から警察官志望者を対象としたバスツアーを企画。警察官を志願する高校生には保護者同伴でツアーに参加してもらい、警察学校や寮の中、機動隊の訓練などを見学してもらう試みを行っている。県警のリクルーターがお膳立てして見せてくれるすべてが警察の表舞台というわけでは決してないだろうが、“キャンパスライフ”を警察官志願者に積極的に公開するこの試みの理由を『県警では、採用3年以内に離職した者のうち過半数が、警察学校在籍中に辞めている。警察学校の現実を知ることで覚悟を持ってもらいたい。(警察官志願者が)思い描いていたものと違うというミスマッチを防ぎたい』という千葉県警の姿勢には志願者も好印象だろう。

高い離職率やミスマッチ問題から考察すると、体育会系のシコミを中高生の段階で受けておらず『組織の駒に向いていない』者や、うっかりミスでヨシ連発の現場猫ADHDのような者は徹底的に百戦錬磨の助教に見抜かれ、ふるいにかけられ、あっという間に手違いで採用されたことが発覚し、親呼ばれて涙で退職届を書かされる、というのが常なのかもしれない。

警察学校を舞台にした作品「教場」

警察学校を舞台とした小説、長岡弘樹の『教場 (小学館文庫)』が話題だ。夢を持って警察官の道を志して集まった若者たちの前に警察学校の教官・風間がさまざまなココロの壁を演出していく。「警察学校は、優秀な警察官を育てるための機関ではなく、適性のない人間をふるい落とす場である」という風間。はたして彼らは「警察官の資質がない人間」たちなのか。なぜか全国の書店員のココロを掴んでいる。

それでは警察学校に入校したこの夢追う者『学生巡査』らは具体的にどのような寮生活を送り、どのような教育を受けるのだろうか。

警察学校の初任科と入校中の学生生活

初任科

警察学校へと入校すると、待っているのが採用時教養と呼ばれる基礎教育の一環だ。警察官としての素養を身に付けるための新任教育『初任科』である。

警察学校は講堂、本館、教場棟、術科棟、グランド、学生棟で構成されている。さらには鑑識実務のため、一軒家が敷地内に設置されている場合もある。校内には日用品と食品を売る購買もある。

学生は朝6時半に起床し、ジャージとスポーツ帽姿で日朝点呼を受ける。警察体操とランニング、居室内および教場清掃を終えれば、朝飯となる。メシも早々に授業準備だ。全員、制服と制帽に身を包み、8時半前に中庭に集合。なお、この間、移動はすべて小走り。中庭での国旗掲揚後、学校長らから朝礼と訓示を受ける。そして学生らは担当教官の名が冠された教場(例えば丸越教官なら『丸越教場』という具合だ)へ着き、20分間の学級活動(ホームルーム)を経て、第1時限目が8時50分から始まる。こうして一日の授業が始まるのだ。

警視庁の場合、1教場あたりの編成はおおむね40人。教場は正副各1名の担任教官(副教官は助教の場合もある)が受け持つ。

初任課での主な授業は座学、体育、武道、そして射撃。座学では警察官の恒常勤務に必要な教養、法律などを学ぶ。また、警察官の日常業務に必要な無線通話の訓練や交通整理の訓練も行う。とくに警察実務に必要な資格の取得は重点目標だ。無線を扱うため、国家資格である第2級陸上特殊無線技士(2陸特)は授業内の養成課程と課程修了試験にて必ず取得させられる。

『第二級陸上特殊無線技士』を警察学校で取得する理由とは?

無線機自体は3陸特でも扱えるが、警察官は速度違反取締りで『陸上のレーダー』を扱うので、2陸特が必要だ。

警察学校では運転免許の入校前の取得を推奨している

警察庁によれば、入校前に普通自動車免許または普通自動二輪免許の取得をしておくと、業務に活かせるとしているが、警察学校入校中に運転免許が取れるか否かについては、各警察学校ごとの対応になっているのが実情だ。神奈川県警察学校などでは授業の中で二輪車操法という実習を行っているが、同県警では免許自体について『警察学校内で取得できない』としている。ただし、休日を利用して外部の教習所に通う学生はいるという。一方、広島県警察学校では『合格、内定者は普通自動二輪車免許(小型限定以上,AT車限定を除く)を取得していただきます』と強い口調で公式サイトに明記している。高知県警察でも『業務で運転免許証が必要となりますので、入校迄に各自で取得してもらいます』としており、それができない場合、授業終了後に自動車教習所に通学することになると明記している。また、愛知県警察学校では『運転技術の訓練自体は学校で行うが、免許は各自で取得』としたうえで、入校前の免許取得をすすめている。

中でもやはり、体力を使う警察官の資質を養うメインの授業は実技。体育では剣道、柔道、合気道、逮捕術といった実務に必要な武道が徹底的に教え込まれ、卒業前にはほぼ全員が初段を得る。

柔道、剣道、合気道

警視庁の場合、男性警察官は柔道または剣道、女性警察官は柔道、剣道、合気道から授業を選ぶ選択制となっている。学生の大半が初心者で礼法と基本技からの技術習得となる。

基本的な訓練メニューは授業中に行うが、柔道、剣道、逮捕術、体育の4つは必修となっている。その他にも授業後の自主トレと称して、半ば強制的なメニューでグラウンドでの走り込みをやる。

警察学校生の外出時の服装と身なり

警察学校の学生らにはシャバの誘惑を断たせるため、入校して三週間程度は外出が禁止されるが、それが過ぎれば週末や祝日に外出許可も出る。ただし、警察官として採用されている以上、警察学校生は規律ある行動を厳守させられ、外出時の服装は基本的にスーツとネクタイ、革靴着用が全国で共通事項だ。立ち寄れる店も限られる。警察官となれたことで嬉しさのあまりハメをはずして酒を飲み、気が大きくなって市民とトラブルでも起こそうならば、即座に退職届を書かされることとなる。このような不祥事の温床となる飲食店での飲酒などもってのほか。しかし、それは千葉県警に限っては過去の話だ。2018年から同県警の警察学校生はジャケットにチノパンなども認められ、飲食店での飲酒も認められている。

けん銃操法と射撃訓練

日本警察での射撃訓練

警察学校の射撃場は警察官だけでなく、刑務所の刑務官も射撃訓練に訪れる。厚生労働省の麻薬取締官は「警察とは別の射撃訓練場」が用意されているので、使わないという。

厚生労働省所属の特別司法警察職員・麻薬取締官

なお、千葉県警など、一部の警察本部では新規に設置される警察署には最初から射撃場を署内に設けている署もある。

班別討議

警察官は弁がたたなければならない。その素養を身に付けるのが多くの警察学校で必須科目となっている班別討議、つまりディスカッションだ。相手の主張をよく聴取し、自分の意見を主張していく。相手に合意できなければ、きちんと論点を明示し根拠を出して反論していき、妥協点が見つかれば歩み寄る訓練だ。パワーワードでマウントとってハイ論破というより、いわゆる建設的な議論と呼ぶべきか。警察に関する話題のみならず、時事一般のテーマが課題。中高生がやるあの一方通行の脳内ハッピーセット『わたしの主張』とは違い、コミュ弱にはとくにつらい訓練だ。

人間性を忘れた警察官はボロコップだ!情操教養で理性や教養を身に付ける

適性や資質のない学生を蹴落とすため、これだけさまざまな『ココロの障害壁』を演出する警察学校でも、倫理感や人間性を忘れた野獣を育てて街に放つのではなく、円満な良識、そして幅広い常識を兼ね備えた人間性豊かな警察官を育てるという一応の建前がある。そのため警察学校では情操教養も必修となっており、外部からの講師を招き、茶道や華道を学ぶほか、職業倫理の向上に努めている。

文化クラブ

警察学校でも授業が終わればクラブ活動がある。書道や華道、ハガキ絵に将棋、写真に似顔絵、英語、中国語、パソコン等さまざまだ。

研修

実際に交番勤務員として研修を受けるが、一方でユニークな研修も行っている警察学校もある。

北海道警察警察学校では卒業の近い学生に対し、札幌市内のスーパーで店員として「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」 と店頭で野太い声を送出させる研修がある。また、介護施設にて介助体験などを行う研修もある。

初任科程を修了後は卒業配置

このように高卒で10カ月、大卒で6か月の厳しい教育で階級社会入門のシコミに耐え、警察組織の駒としての素質を身につけたなら、ようやく警察学校の初任科を卒業できる。だが、初任科を卒業しただけでは採用時教養は終わらない。以下の3つの過程にわたって、さらなる実習と教育を繰り返すのだ。

職場実習(卒配)

こうしてようやく晴れて新任巡査となり、第一線の所轄警察署に職場実習生の地域警察官見習いとして配属となる。これを卒業配置、通称「卒配」と言うが、独り立ちはまだ先だ。新任巡査は主に交番で職場実習指導員から厳しいマンツーマン指導のもと、警察実務のイロハを学ぶほか、指導員からは制服、姿勢、着装した装備品のズレ、勤務態度などに対する指導も行われ、生活指導と称して苦言やダメ出しなどプライベートにも平気で介入される。なお、新任巡査はあくまで地域警察官だが、地域実習のほか、交通実習、生活安全実習、そして刑事課にて捜査実習(刑事組織犯罪対策実習)も行う。1か月間、刑事のまねっこをさせてもらえるのだ。受けた指導は実習記録表に随時書き込みをしていく。

初任補修科生として再入校

数カ月の職場実習を終えれば、また警察学校に連れ戻される。今度は初任補修科生として再入校するのだ。高卒で3カ月、大卒で2か月の初任補修科は初任科および職場実習にて修得した警察実務の知識と技能を深め、さらには警察官としての体力と気力を充実させるための教養教育と位置づけられている。

実戦実習

まだまだ続く。今度はまたも警察署に戻って単独勤務する実戦実習が待つ。前回の職場実習に引き続いて、またもや地域警察官として基本的に交番実習となるが、今回はようやく実習指導員が付かなくなり、単独勤務となる(指導されないわけではない)。この実戦実習は高卒で4カ月、大卒で3か月の期間をかけて行われる新任巡査が独り立ちするための準備であり、実務への適応能力の見極めおよび、能力技能の最終的慣熟の二つを目的としている。こうして実戦実習を終えれば、採用時教養はようやくすべて修了となる。

管区警察学校と警察大学校

なお、警察官としての基礎教育を実施する警察学校のほか、警察庁の付属機関として、全国の都道府県警察の幹部警察官や警察庁採用のキャリア警察官を育成する警察大学校(東京都府中市)もある。稲葉元警部の著書の中には警察大学校の話もあり「1000億円の税金を使って作られた」こと、「警察大学校の中に居酒屋まで入っている」ことが書かれており、オドロキだ。ただしあくまで研修機関であり、警察学校とは異なる。

また、管区警察局の機関のひとつで、専門実務の運用に関する教育を行う管区警察学校もある。

警察学校のまとめ

歌手の宇多田ヒカルは自身の曲中で『将来、国家公務員なんて言うなよ。夢がないな』と歌い、公務員の妻から批判されたことを受け、自身のTwitterで『警察官のように具体的な職業を挙げず、単に安定という理由で公務員になりたいと言う幼稚園児に違和感を覚えた。仕事に誇りを持ってる公務員に失礼だ。楽な仕事なんてないのだから』という主旨で反論した。

この記事を執筆するにあたり、多くの都道府県警察警察学校の公式ウェブを参考とさせていただいた。これら各警察学校の公式ウェブを読むと『警察学校は単なる学校ではなく、精神力および使命感を養う場』というニュアンスの説明が非常に多いと感じた。一方では学生らのインタビューでは二言目には『教官のご指導、ご鞭撻』というメンターへの感謝の言葉であふれていた。

悪と対峙するプロを作る『職人学校』である警察学校では、全国どこでも社会正義の実現のため、それを遂行できうる者として、強靭な精神力を持った人材を求めている。それゆえに、中学校やブラック企業、非正規と同様、上命下服が絶対であるがため、一部県警の警察学校では異常に高い離職率を出していることもわかった。単なる職業訓練校ではないのだろう。くれぐれも19歳巡査のようなことは二度と起きてほしくないと願うのみだ。

警察事務職員や交通巡視員などの警察職員とは