アナログ警察無線で導入された音声反転式秘話が『10番A』と呼ばれた理由

かつて配備されたアナログ警察無線に音声反転式秘話機能『10番A』がはじめて実装されたとき、当時傍受をしていたマニアたちはどう思っただろうか。今となっては知る由もないが『ついに終わりが来たか』または『こんな単純な傍受対策に税金を?』の二つに一つだったのではないだろうか。今回は警察無線において、初めて広く実施された傍受対策の中でも最も知られた『10番A』をはじめ、秘話について取り上げる。

アナログ警察無線と妨害の歴史

MPR-10本体に秘話装置を内蔵しなかった理由は不明だが、警察庁ではMPR-10配備後、本体ではなくマイクに秘話装置を内蔵させるという逆転の発想(?)で、比較的予算を使わずに第三者(とくに暴走族に取締り情報が流れていた)からの傍受対策を行った。

そして、音声位相反転式秘話機能をあらかじめ本体に内蔵し、緊急呼び出しボタンなどを追加搭載したのが、後継機のMPR-10Aである。警視庁が音声反転式秘話機能を10番Aという通話コードで呼んでいた理由はこの無線機の名称に因む。

10番Aは単純な仕組み

しかし、10番Aこと音声位相反転式秘話は単純な仕組みゆえ、市販の解読機を無線機に取り付けるだけで解読が可能であった。警察庁の『簡便な対策』を無線マニアたちも同じく行ったことにより、何事もなく傍受は続けられ、傍受と傍受対策はイタチごっこであった。

当局側にも、いくら秘話をかけたところで無線は第三者に傍受されて当たり前という認識は当然あったため、機密事項の伝達は有線電話で行っており、部内情報のすべてが部外者に漏れていたということではないが、実際のところ傍受対策として10番Aは性能が劣っていた。

その後、日本警察における移動体通信は80年代の『グリコ・森永事件』なども遠因になり、速やかにデジタル方式へと移行していくのであった。

デジタル警察無線MPR、APR、IPR、その変遷の歴史

ただ、10番Aがあまりに衝撃的な登場だったため、アナログ時代の秘話といえば、そればかりが取り上げられるが、警察庁では他にも複数の秘話装置を開発、配備していた。

音声分割反転方式

これは『56番』と呼ばれた秘話方式で、ラジオライフ1987年7月号『警察無線の歴史を見る』によれば『音声分割反転方式』と記載されており、人間の持つ音声エネルギーをいくつかの周波数に分割して並び替える方式と説明している。

コストが高いために普及せず、警備、警衛用など一部限定で使用されたという。

また当時の幹部警察官に使用を許された指揮用車には専用の移動警電が搭載されていたが、一般幹部の移動警電に備わった秘話機能は10番Aであるのに対し、さらに位の高い幹部、警視総監クラスになると、この『56番』秘話機能が搭載されていたようであると推測している。

警察無線の系統 その4 『WIDE通信』

スペクトラム拡散方式

こちらも上述のラジオライフ誌によると”解読はおろか、電波が出ているかどうかさえわからない高性能な秘話方式だ。

秘話を意味する暗号

警察無線では適宜、略語を用いて平文の暗号化を行うが、まさに秘話関係のそれは警察無線がデジタル化以前の古き良きアナログだった時代を象徴するものと言えよう。

当時はアナログ無線に適宜、音声反転式や時間分割式の各種秘話機能を作動させて交信していたため、平文から秘話へ移行する際はそれを宣言する必要があった。

一例として警視庁では、音声反転式を『10番A』、時間分割式を『56番』、またデジタル式秘話を『100番』とした。例えば10番A方式の秘話に移行する際は『10番Aセット願いたい』などと指示を出す。

一方、これらの秘話方式の名称は各警察本部で異なっており、大阪府警は『SP』、岐阜県警はマルAまたはマルB、兵庫県警では秘話開始を800、秘話終了を805としていた。なかでも面白いのは福島県警の例。同県警では音声反転式秘話を「キビタキ」と呼んだ。おそらく秘話をかけた音声がまるで甲高い鳥の鳴き声のように聞こえるため、福島県鳥がキビタキであることに因んで名づけられたのかは定かではない。

警察官が「通話コード」を無線で多用する理由とは?

『10番A』はのちのスピード取締り連絡波350.1MHzにも導入された

かつて各地で頻繁に使われていた交通取り締まり無線は350MHz帯のアナログFMだが、主にスピード取り締まりにおいて、音声反転式の秘話機能をかけ、現認係と停止係との連絡用に用いられていた。

レーダー探知機ではこの『350MHz帯スピード取締り連絡波』の受信対応を謳って、350MHz帯での交信受信時に警告を発するものもあった。

しかし、昨今では350.1MHzの使用自体が全国で廃れ、現在では停止係の足元に有線式のスピーカーを設置し、現認係がレーダー測定器で速度違反を確認すると、スピーカーでブザー音を鳴らして知らせる運用が主流となっている。また特小(デジタル秘話対応)や署活系無線を使用する例もある。

とっくに警察で消えた10番A、家電や消防でなお生き残る

警察無線の変調方式がアナログ方式からデジタル方式へ転換されると、日本警察の移動体通信からは次第に消えていった10番A秘話方式(音声反転式)だが、代わって80年代後半に各家庭で普及が進んだアナログ・コードレス電話機で搭載され始めた。

もちろん、現在主流のコードレス電話機は解読が極めて困難なデジタル変調方式を採用しており、10番A秘話方式と比べるまでもなく、秘話性能は飛躍的に向上している。

ほかにもレジャー使用で人気の特定小電力無線機でも音声反転式が用いられる機種がある。

さらに2015年に全国でデジタル消防無線の配備が完了したのと同時期、それまでは一部政令都市の消防局でしか使用が認められなかった『アナログ消防署活系無線』が全国の小規模消防にも使用が許可されたが、市民に聞かせたくないとして、一部の消防で音声反転式秘話が使用されている。

当事は10番A解読機も市場にあふれていたが、現在販売中の国内大手メーカーの受信機で解読機能として搭載するものはAORのDR-DV10、それにDV10アルインコのDJ-X100(音声反転秘話機能を有効にする改造が必要)のみ。

なお、タイトル画像は音声反転式秘話の復調機能を備えたマルハマの広帯域受信機MARUHAMA  RT-523Ⅱの説明書より引用した画像だ。マルハマは2010年に倒産しているため、この時代でも単純な10番A方式の秘話はお金をかけてデジタル無線を導入するまでもなく、立派に通用するかもしれない。

デジタル警察無線を解読する受信機を『まともなメーカー』が発売しない理由とは?

それにしても昔は当たり前だったとはいえ、アルインコさんもAORさんも、総務省消防庁と契りを交わし、デジタル消防受令機を消防のみに製造販売しているのに、こんなイケナイ機能を広帯域受信機につけていーんでしょうか…… !?と、以下の記事を読むと思うわけ。

消防無線の秘話通信を解読できるデジタルハンディ受信機