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『至急、至急。松山北です、どうぞ!』、『なお救急はすでに手配済み!マルモクの確保に努めよ、どうぞ!』女性警察官の明瞭な声が響く。
この動画は愛媛新聞社が報じている愛媛県警による通信指令技術を競う競技会の様子。”マルモク”とは目撃者を意味する警察用語。無線交信は簡潔明瞭さが求められるため、略語や通話コードなどを適切に用いてテンプレ化することで、聞き間違いなどを防いでいる。
至急、至急はいわゆる緊急連絡である至急報を表す。司令室側も移動局側のどちらも、通話の前に『至急、至急』と前置きする。
ほかにも「PM」はポリスマンの略で警察官/捜査員。PSはポリス・ステーションつまり、警察署。PCはパトカー。また、聞き間違いが起きやすい言葉は意図的に変えられている。たとえば「4月(しがつ)」なら「よんがつ」という具合だ。
今回はこれら警察無線で使用される略語や通話コードを解説していこう。
警察無線でとくに有名なものが数字やアルファベットの通話コード
警察無線の通話コードは警視庁のようなメジャーな警察本部が使うものが有名になりがちだが、警視庁の通話コードが全国標準なのかといえば、そうではない。都道府県が違えば通話コード/警察用語も違う。
都道府県警察によって、通話コードは数字であらわすもの、数字とアルファベットの組み合わせ、日本語、こじつけ、言い換えなどさまざまな手段を使って、元々の言葉を秘匿している。意味がわかると、思わず唸ってしまうものもあった。
手元に資料として『ラジオライフ1988年11月号』があるが、同誌に掲載されている各都道府県警察の通話コード表を参考に、用語ごとに各県警の違いを研究してみよう。もっとも、以下の通話コードは30年以上前のアナログ時代のもので、現在とは一部異なる可能性もあることにご留意願う。
照会関係
警視庁では『123』のコード番号で照会センターに取り次ぎされるが、埼玉県警では単に『照会センター』と呼ぶし、静岡県警、愛知県警では『0123』となっている。
ただ、ラジオライフ2006年2月号の61ページによれば、照会時に返ってくる各コードについては全国共通としている。「01」が殺人、「02」が強盗、「03」が強姦、「04」が窃盗、「05」が公務執行妨害、「06」が暴行、「07」が銃刀法違反、「09」が凶器準備集合罪、「10」が放火。照会の結果、職質対象者に何らかの犯歴該当があれば、センターからこれらの通話コードで返されるわけだ。なお、該当無き場合は「00」となる。
反社関係
警視庁では暴力団をマルB、単にBと呼ぶが、北海道警や香川県警、大阪府警はマル暴。一方、佐賀県警では20、鹿児島県警では90、兵庫県警では520、奈良県警では801、京都府警では840などと数字コードで表す。なおチンピラはマルチ。
暴走族関係
全国的に『マル走』が多いようだ。一方、京都府警では『マルS』『マルサ』のほか、4輪の場合はマル特、二輪の場合はヨコイチ。岡山県警は611。佐賀県警は暴走族および同取締りを500と呼ぶ。
朝鮮人
警視庁では朝鮮人を『マル鮮』と呼ぶが、岐阜県警では『400』、大阪府警では『920』または『国マル』、兵庫県警では『680』となる。なお、”マルセン”の読み自体は北海道警察では有線連絡(電話)を意味する『マル線』と同じ。
有線連絡
緊急事態には警察官が無線ではなく電話(有線)連絡することもあり、有線連絡を表す通話コードは『マル有』が多い。ほかに兵庫県警では『221』、道警では『マル線』。この『マル有』には逸話がある。制服警察官が署活系無線で『マルユウ願います』と言った(あるいは本署から指示された)のを偶然聞いた近くを歩いていた女性が、郵便貯金の利子に対する非課税制度「郵貯マル優制度」と勘違いし、警察官が勤務中に携帯式無線で貯蓄を頼むってなんやねん……と、大阪の新聞社に投書したそうである。しかし言うまでもなく、それは有線連絡を表す通話コード『マル有』のこと。投書を受けたデスクはこれが有線連絡を意味する警察用語であることを紙面で読者に説明すると共に、当時流行のマルサ(の女)やマル金、マルビ(貧乏)を挙げ、『近頃はマルばかり。警察の世界にも”伝染”したのかな』と結んでいる。出典は昭和62年6月2日の毎日新聞大阪版『デスクです』より。
パトカー関係
基本的にパトカーはPCと呼ぶが、鹿児島県警では03と呼ぶ。ただ、警視庁では以前から単に『カー』と呼ぶ場合もあり、先ごろ公開された地下鉄サリン事件当時の同庁の無線交信でも警察車両を『カー』と呼んでいた事実が検証できる。
ただ、1986年2月号のラジオライフ誌上にて“まれにカーというだけでパトカーを意味することがあります”と記載されているため、30年以上前から『カー』が使われているのは間違いない。
覆面パトカーの場合、大阪府警ではゼロパトと呼ぶが、マル覆と呼ぶ県警もある。パトカーの緊急走行を表す通話コードも各地方で違い、道警はRED、大阪府警は500、広島県警は200など。
ホームレス、野宿者
大阪府警ではホームレスの人を「ヨゴレ」と呼ぶ。これも大阪ならではのご当地警察用語だろう。読売テレビでも紹介されている。
警察関係用語で、「ホームレス」や「浮浪者」のことを「ヨゴレ」と呼びますが、それと関連はあるのでしょうか?
出典 https://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/2501-2600/2576.html
なお、こちらも大阪府警的というか、独特の通話コードを紹介している。
変質者・露出関係
これは『ラジオライフ1988年11月号』には載っていないが、警視庁では『センターポール』と呼んでいたのは有名だ。例えば『20代くらいの男がセンターポールを露出させながら駅前の路上を……』など。これぞ事実を覆い隠すと云う意味ではまさに警察無線を代表する通話コードではないか。ただ、女性警察官は使わなかったと云う。
食事
警察官の昼食、とくに弁当や出前を『マル食』と呼んでいた。これが使われたのは基幹系よりもゆるい署活系だったという。昼飯のメニューなどパトロールに出る前に決めておけばいいのに、という単純な問題でもなく、無線の通話試験や訓練も兼ねているのではないだろうか。ハコヅメ(交番勤務)にとって、上司のマル食の手配の上手さが勤務評定に響くという。なお、岐阜県警では肉まんを『290(ニクマル)』と呼んでいたという。
まとめ
略語や通話コードは全国で統一されておらず、ところ変われば、がらりと変わる。その都道府県警でしか使っていない、ご当地用語もあるわけ。
また、一見同じ通話コードでも県警によっては全く別の意味になることがあり、注意を要する。
例えば岐阜県警では512を爆破予告事案としているが、山梨県警では512をひき逃げ事案としている。また一般的にマルBは暴力団だが、岐阜県警では秘話機能(もっとも、現在の警察無線はすべて暗号化されているので、この用語は廃止されている可能性もある)となっている。あるいは警視庁では照会を123と呼ぶが、秋田県警などでは124だし、単に照会センターと呼ぶ警察本部もある。
さらに、無線でこのような通話コードを使用するのは警察だけでなく、消防も同じである。ただこちらも消防組織が違えば通話コードも異なるようだ。ラジオライフ2006年11月号によれば、消防の通話コードは少数ながら全国共通コードもあったが、現在は組織ごとに違うコードを使用していると紹介している。
さらにラジオライフ2004年9月号によれば、北海道の札幌市消防局の通話コードでは死亡をマルヨン、爆破予告をマルバク、生活保護をマルセイ、伝染病をハチマル、放火をヒトマル、犯罪をゴーマル、警察をイチマルマルなどなど……。一方、東京消防庁ではがらりと変わり、警察が554、組織暴力は858、死者は954、放火は951などだ。
なお、棒振りを除く警備会社でも警察と同様の通話コードを使用する場合がある。機械警備大手では元警察官の天下り幹部や警備員が多く、都合が良いのだろう。
もっとも、本当に重要な警察用語は一般に知られては意味を成さなくなるので、公になることはないだろう。