署外活動中の地域警察官や機動捜査隊員は片耳イヤホンをしている場合が多い。
とくに制服警察官は腰の帯革にトランシーバー型の署活系無線機を着装する一方で、耳のイヤホンを右胸ポケットに入ったタバコサイズの機器に繋げている。
実はそれ『受令機』と呼ばれる『警察無線専用のラジオ』なのである。
受令機は無線機と違って送信する機能はないが、警察本部が警ら用無線自動車および警察ヘリ、警察船艇向けなどの移動体に指令を出す『基幹系(車載通信系)無線』を聴取できる機器だ。
MIUも受令機から基幹系を常に聴取して、管内の事件発生状況をモニタリングしている。
言うなれば『受令機』は警察本部通信指令室から一方的に指令を受ける『警察無線専用ポケットラジオ』だ。もちろん、イヤホンは官給品の高性能なものを使用する。
警察無線のうち、移動体通信の系統を大別すると、1系、2系など地域別のパトカーの車載無線に対して指令を出すVHF帯域の『基幹系(車載通信系)無線』と、各警察署に所属する警察官が署外で活動する際に本署との連絡に使うUHF帯域の『署活系』、機動隊による部隊活動や局所的活動向けの『携帯通信系』、それに警察の自営回線システムによる警察版自動車電話および携帯電話『WIDE通信』がある。
なお、パトカーであっても予算が足りないのか、ミニパトには車載無線機は積まれず、車載通信系を車両自体では聴取できない。
そこで、ミニパト勤務員なども乗務中は常に急訴へ対応できるように車載通信系を聴取できる受令機をポケットに携行しているというわけ。もちろん機動捜査隊員など私服の捜査員も携行する。
基本的に『基幹系(車載通信系)無線』の県内系は大エリアをカバーする系統であり、主に無線警ら車など移動体の乗務員向けに指令を出すもの。
そのため、各所轄署の外勤員は署外で活動中、その所轄内しか通信ができない小エリアの『署活系』ハンディ無線機で所属署とのみ連絡が可能であればよい。
携帯型のVHF基幹系無線機も一部に配備されているが、基本は系統を別にすることで通信統制を行っているのである。
もちろん、必要な場合は本署通信室の操作で署活系と車載通信系をリンクさせることも可能。不便なようで融通が利く便利なシステムなのだ。
なお、警察本部へ速やかな緊急連絡が必要な場合、警察官は無線を使わずに、110番してしまうこともある。『警察官の110番』を滑稽だと思うなかれ。これは警察庁が定めている緊急時の『飛び越え110番』という緊急手段なのだ。詳しくは以下のページを参照。
受令機の歴史
MPR時代に配備されていたのは冒頭でNHKの番組から引用した画像に見られる受令機。これはAPR-WR1という形式でリチウム電池を使用する現代的なものである。
車載通信系がアナログ時代だったころに配備されていた受令機はUR-1、UR-2、UR-3の3種。
いずれもタバコのパッケージと同じポケットサイズで、県内系と共通系の二つの周波数に対応した水晶を入れており、スイッチで周波数を任意に切り替えることができた。
本体にアンテナを内蔵するが、富士通製のUR-1説明書によれば、イヤホンコードはアンテナを兼ねているので、丸めずに伸ばして使用することが推奨されている。
いずれも選択呼出し信号セルコール(トーン信号)の送出による個別呼び出し、グループ呼び出し、一斉呼び出しの各呼び出しができ、ポケットベルの運用にも似ている。
例として110番が入電すると、すぐに通信司令室はグループ呼び出し機能を使って、管轄の所轄署に属する地域課(当事は外勤課)の外勤員らの受令機に対して約3秒間、ピーピーやピューというセルコールを鳴らして注意喚起する。
次いで110番の入電内容が通信司令室から音声で指令放送として流される仕組みだった。
なおUR-2はスピーカーを搭載しており、イヤホンとスピーカーの2通りの聴取が可能。
これらのほかに、UR-3にはアダプター型スピーカーが用意され、交番で通常の大型スピーカー受令機のように使用できたり、受令機の音量を最小にしても完全に消音状態にならないなど特有の仕様となっている。
その後、基幹系がデジタル化されたのに伴い、デジタル対応型受令機『UR-100』が登場。大きさはアナログ時代のUR-3とほぼ同じサイズで単三電池一本で24時間の使用が可能だ。
現在も以前の運用とほぼ同じだが、デジタル移行後はセルコールがなくなり、代わりにデジタル信号音が送出されるようになっている。
他県の警察本部の通信圏内に入れば、全国の警察で共通配備の受令機で傍受可能
警察無線は都道府県警ごとに独立して運用されているが、どの都道府県警でも配備されている現行配備の受令機では仕様が共通化されており、他県の警察本部の通信圏内に入ったとしても、地元警察本部貸与の受令機で傍受が可能だ。
例えば山梨県警の警察官が貸与されている県警の受令機を持って東京都内に行っても、警視庁の無線通信を傍受可能。その理由は広域災害などの際、応援に行った先の警察本部の無線を聴取する必要があるためだ。
これは以下に明記した報道記事により、裏付けられている。
捜査関係者によると、元警察官は山梨県警捜査一課の警部補だった〇九年八月、警察が使う受信機(受令機)二台を東京都八王子市内に持ち出し、警視庁の無線を傍受。
~略~
警察無線は過去には革マル派の活動家が警察無線を傍受したとして逮捕された事件もあり、外部から傍受、解析されないよう対策を強化してきた。しかし警察備品の受信機を使えば他の都道府県警の無線でも傍受でき、「警察官なら悪意があれば(傍受、録音して)持ち出せてしまう」(捜査幹部)。
警察庁情報通信局の担当者は「広域災害などの際、他地域の無線を聞けるようにする必要がある。各都道府県警を通じ、無線機の管理体制を厳格にしていくなど対応したい」と話した。
出典 https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201908/CK2019082302000278.html
また産経新聞でも同様に報じている。
警察無線は暗号化され、外部の機器による傍受は不可能とされる。都道府県警ごとに別の系統で運用されているが、他警察の通信圏内に入れば警察共通のイヤホン型無線受令機で受信できるという。
出典 https://www.sankei.com/affairs/news/190823/afr1908230009-n1.html
警察無線の管理が厳しい一方で受令機は管理が甘い?
警察の装備品は取り扱いが厳しく、都道府県警によっては非番や休日で警察手帳の携帯を認める事例はあるが、基本的に商売道具を自宅に持ち帰ることは許されない。しかし、受令機は非番でも即座に対応できるように、持ち帰りを許容されている例もあるという。これが、山梨県警のような不祥事を招いた原因なのだろうか。
受令機のまとめ
このように、活動中の警察官が耳にイヤホンをしていたら、それは腰の署活系無線とは別に、胸ポケットに入れた受令機にて、パトカー向けの無線「車載通信系」で流される警察本部通信司令室からの緊急配備情報や注意喚起などの指令放送を聴取しているというわけ。そして本署と連絡をとる場合は腰の署活系無線機(PSW)を使うわけだ。
決して市販のポケットラジオで競馬などのラジオ番組を聞いているわけではないのだ。
また、パトカー乗務の警察官も一時的に降車して現場捜索などを行う際には車載の基幹系無線による指令を聴取できないので、ポケットに受令機を入れて、イヤホンで基幹系を聴取している。
なお、これまでの署活系や受令機では地下などで電波が届かず、ときとして重要な指示の伝達が困難となっていた。
そこで警察庁が新たに計画し、平成23年から全国の警察本部で順次導入されていったのが、それまでの旧・署活系無線の後継となる『新・署活系無線PSW(Police Station Walkie talkie)システム』および『データ通信機能を活用したPSD(Police Station Data terminal)システム』の二つを中核とする『地域警察デジタル無線システム』である。