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大規模な反政権集会や、苦しい身分差別からの解放と格差是正を求める労働者団体のデモが起きれば、必ずそのデモ隊を私服で監視する警察官がいる。いわゆる”公安”である。
公安警察とは各道府県警察の警備部公安課または警視庁や警察庁の公安部を広義で指すものであり、あくまで俗称である。
警察側では公安警察という名称の使用にいささか慎重を期しているようで、部内では地域警察、交通警察、生活安全警察、刑事警察、総務/警務警察、そして公安の大カテゴリーである警備警察という言葉は使っていても、公安警察という名称は使われていない。
そのため、公安警察は部外で使われる俗称であり、正規の名称ではないのだ。
そもそも警視庁以外の道府県警察本部の公安は警備部の一部門であるため、包括的に捉えるのが一般的だ。日本警察が担う”警備”とは、文字通りのマンパワー的な警備から思想まで、実際には守備範囲が相当に広いのである。
そして、その警備警察の中で、公共の安全(パブリックセーフティ)と秩序の維持のため、主に暴力で日本国を転覆させることを標榜している国内外の団体、テロ組織、極左集団、さらには右翼団体に関する情報収集や摘発を行うという役割を持った、インテリジェンスに長けた頭脳集団、それが公安警察なのである。
公安警察の歴史
公安の歴史は戦前の内務省警保局保安課、そして特別高等警察にさかのぼることができる。戦後に、GHQに特高警察は解体され、多くの特高警察官は罷免となったが、幹部はそのまま戦後の警察組織に残ることを許された。豊富な捜査手法などのノウハウはそのまま現代の公安に受け継がれているとされる。
公安部門だけは通常の指揮系統からはずれ、警察庁警備局の直接指揮下にある
現在、日本の首都たる東京の警察行政を担う警視庁のみが警備部から独立した公安部を組織する大所帯だ。
他方、道府県警察では警備部の中の公安課という一部門であるから、警視庁と地方警察本部との予算、規模、対応能力の差は歴然だ。
そして公安畑のトップエリートの根城たる頂きこそが警察庁警備局である。
日本警察は元来秘密主義であるが、全国の公安部門のその指揮系統はかなりイレギュラーだ。
通常、都道府県警察のなかのそれぞれの部署はそれぞれの警察本部の指揮命令で職務を遂行するが、公安だけは全国の警察すべてが警察庁警備局の直接指揮を受けている。
外事警察
公安警察が主に国内の団体を監視しているのに対し、国際テロリズムといった主に外国のテロ事案の情報収集を担うのが、同じ警備警察内にある『外事警察』と呼ばれるセクションだ。トップは警察庁警備局の外事情報部であり、この外事警察という名称もまた俗称だ。
外事部門の日々の業務では外国の乱数放送の傍受なども行うが、その活動主体は警察庁警備局外事課「外事技術調査室」が掌握しているとされる「ヤマ機関」と呼ばれる専門の通信傍受施設だ。
日本警察は軍隊のクーデターにこりごり
警視庁は日本の新式軍隊である自衛隊が発足する以前、旧日本軍のクーデターを2度経験している。1932年(昭和7年)の五・一五事件では武装した海軍の青年将校たちが総理大臣官邸に乱入襲撃し、時の内閣総理大臣であった犬養毅を暗殺。当時、官邸警備の任に就いていた警視庁の田中五郎巡査も撃たれ殉職している。
同事件では警視庁本部庁舎も襲撃を受け、日銀には手榴弾が投げ込まれた。
さらに4年後の1936年(昭和11年)には二・二六事件が発生。昭和維新を掲げた決起将校らが官邸などを占拠。同事件でも警備に当たっていた5人の警視庁警察官が殉職している。
警察は自衛隊の謀反を警戒している
公安の視察対象は日本共産党や関係する労働団体、市民活動家などの蟹工船系、それに擬似宗教や各種極左テロ組織だけではないようだ。
当然、極右団体も監視しているほか、蟹工船に唆されて反乱を起こす可能性のある氷河期マンモスおじさんや底辺労働者側を戦車で踏み潰して鎮圧するであろう治安出動の自衛隊すら、視察の対象しているのは同じ親方ヒノマルの公安警察であるのじゃ驚きだ。
旧軍が起こした事件とはいえ、現在でも警視庁は公安部の自衛隊監視班、通称『マルジ』をおいて、自衛隊の謀反を警戒しているというのだ。
防衛省自衛隊側にも自衛隊が行うオペレーションに必要な情報を収集する情報本部が編制されているほか、隊員の思想調査、さらには反自衛隊活動を行う市民団体などを監視する自前の機関「情報保全隊」もあるが、元・公安警察官の真田左近氏によれば、情報保全隊と警察の公安は割と良い関係にあると言い、国粋主義が強く、謀反を企てそうな自衛官をマルジではクーデターのクの字を当て、『マルク』と呼んでいるという。
防衛省情報本部電波部の部長は幹部自衛官ではなく、警察庁から出向した警察官僚があてられるポストであることは以前から広く知られた事実だ。
公安調査庁との関係
都道府県警察の公安部門と法務省の外局たる公安調査庁は公共の安全を図るという目的では同じだが、公安調査庁には捜査権がなく、調査活動のみにとどまる。ただし、罰則のついた立ち入り検査権は与えられているため、事実上の強制権は保有している。
公安調査庁は国内外の過激派、テロ集団などの情報収集活動を専門に行っている法務省の情報機関。破壊活動防止法や、団体規制法の規制対象に該当する団体か否かの調査(情報収集)と、処分請求(団体規制)がもっぱらの業務であり、職員が時に命がけで集めた情報は政府の上層部に報告される。90年代、オウム真理教による一連の事件で名を馳せた。それまでは主に左翼団体などの監視活動が主であったが、現在では一部の国粋主義団体も監視の対象としている。ただし、その物々しい名称から警察や検察のような法執行機関と思われるが、公安調査庁は「捜査機関」ではなく法務省に属する情報機関という位置づけであり、公安調査官も司法警察員ではない。そのために逮捕権や小型武器の使用を認めた法律もない。しかし唯一、強制調査権という権限を有しており、調査官は団体への立ち入り調査を行うことができる。
刑事と公安はライバル同士なのか
一般に、刑事事件を一つでも多く挙げたい刑事部の刑事と、視察(監視)に重きを置き『国家そのものに牙をむき、社会の秩序に広く脅威を与えうる』過激派といったテロ集団のみならず、国粋主義団体、各種労働争議の組織実態解明を担っている警備部公安課(警視庁では公安部)の捜査員は、検挙とインテリジェンスというお互いの達成目標の違いから仲が悪く、対立も多いとして小説やドラマではもはやド定番。
過去に警視庁では連続企業爆破事件、警察庁長官狙撃事件など大規模事案の捜査において、公安部と刑事部双方の捜査員が投入されたが、同じ警察官にですら明かせない秘密を抱えている公安部の捜査員が刑事部の刑事と共同捜査することは忌避されているという。
その理由は部内からの情報漏えいの危険性だ。
ただし、場合によっては『挙げたい』刑事と『視察したい』公安も、ときにお互いの技術を以って連携し、協力しあう。例えばあのオウム事件では刑事と公安がペアを組んで捜査活動を行ったという。
元刑事の小川泰平氏によれば、刑事は現場で、公安は情報だと役割の違いを述べたうえで、とくに刑事が舌を巻いたのは公安捜査員の尾行技術だったという。
また警察の中ではノルマを『数値目標』と呼ぶが、全警察官の中でも公安捜査員には『数値目標』はなく、公安捜査員が『逮捕』を行うのは年に数件で、それも公妨やビラ貼り事件などショボいものばかりだという。
これが所轄署レベルだと各警察署警備課の公安係が担っているが、公安係の私服勤務者も刑事課の人手が足りなければ、刑事事件の捜査をするし、さらには交通事故処理も難なくこなすという。そして、両者には目的の違いがあるが、決して公安にエリート意識はなく、刑事と公安に共通するものは同じ警察官としてのプライドだという。
一方で、前述の元静岡県警の公安警察官であった作家・真田左近氏によれば、公安捜査員が公安以外の業務にも精通していることには否定的だ。
情報をとるだけの公安だから、一般の警察官に必要な盗難届や落とし物の届けなど必要な書類作成なんてできないんですよ
出典 https://www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2017042102000239.html
ただ、公安警察が公妨やビラ貼り事件などショボい事件を挙げるのは、それ自体が目的ではなく、微罪を足がかりに対象者の身柄の拘束や家宅捜索を行うことが目的だ。いわゆる微罪逮捕と呼ばれる手法だが、組織実態の解明にはスパイと並んで、もっとも有効な手法だという。ではそのスパイと公安について迫る。
裏公安「チヨダ」の指示で行うスパイ獲得とは
スパイと言えば、公安のお家芸に協力者作りという地味な作業がある。
監視対象の組織に、公安警察官自ら身分を隠して密かに潜入することも、京都大学事件を例に出すまでもなく、公然と行われていることだ。
しかし、これでは効率が悪い。現職警察官が潜入するよりもスパイを獲得して、情報を入手したほうがはるかに安全かつバレたときの都合上、尻尾きりも速やかだ。危険な仕事は使い捨てのハケンにやらせ、問題が起きれば、切ってしまえばあとくされもない。そこで警察外部の人間をスパイに仕立てるスパイ獲得工作班の出番、いわゆる”作業がけ”だ。
公安自体がすでに「裏の警察」だが、そのまた裏である「裏公安」、通称チヨダと呼ばれる警察庁警備局警備企画課内にある係りの直接命令により、全国の都道府県警察本部へ散らばっている”作業専従班”が実際のスパイ作業を担っているという。
このチヨダの名称は警察総合庁舎の所在地である千代田区霞ヶ関にちなむが、メジャー化(!?)したためにすでに『ゼロ』に改名されたという。
公安警察が好むスパイ候補者
公安にスパイ候補者として選定される者は、むしろ単にずるがしこいだけの人間や、借金に困窮している愚鈍な人間よりも、若く実直で、将来的にその団体の幹部になれるような素質を持った者だという。昨今では斜陽の国内企業による『若者のやりがい搾取』という言葉に代表されるが、かつて疑う心を知らない純粋な心をオウムに利用された一頃の若者と似ている。
スパイに適任のターゲットを見つけると、作業がけの捜査官は身分を隠した上で趣味や同好の士として近づくという。通常は捜査官とタゲの信頼関係が醸成されたところで公安が身分を明かすが、そんな手法はターゲットにされるほうも重々承知しており、捜査官がタゲから正体を早々に問われてしまえば、否定することなく、すぐに身分と目的を明かすという。そのうえで協力要請するほうが成功率は高いという。
しかし、実際にこんな平和的なスパイ獲得工作だけでコトが進むことはない。
ほかの国でもよくやっているように、捜査官とタゲが親密に酒を交わす場面を別の公安がビデオ撮りし、それを組織にバラすと強請ることで無理やりスパイに獲得する手法もあるというのだから、拒否は無効化され、タゲられたら一環の終わり!?
非道な職務なので、できるだけタゲに感情移入しないように情緒性は可能な限り、取り除かれるという。サイコパス・・。
警視庁公安部には「公安機動捜査隊」も
一般的な刑事事件が起きたとき、捜査のその後を決めるのは初動捜査であり、そのための専門部隊「機動捜査隊」が全国の警察本部刑事部内に編成されているが、もっぱらテロ事件を捌く警視庁公安部にもテロ事件専門の初動捜査部隊が必要とされ、新たに発足したのが公安機動捜査隊だ。
公安機動捜査隊は主に対テロの最前線で活躍する”ハムの機捜隊”で、自らの略称を「公機捜」と名乗る。
海外の諜報機関との連携を図る必要性から大卒レベルの教養と専門知識、それでいて頭の柔らかさ、さらに英語をはじめとする語学力が堪能であることが要求される謎多き頭脳集団だ。
かつての地下鉄サリン事件のような大規模なテロがひとたび発生でもすれば、公機捜専用のトヨタSAIの捜査用覆面パトカーで駆けつけて、初動捜査に当たるのだ。
公機捜ネタとUSPでロコツに日本版24をやりはじめてサムい
公安警察を描くドラマの中でも、これまでは外事警察モノが人気だった。公安警察を描くとどうしても、その影のイメージを象徴したいのか、暗さを演出しがちだ。視聴者が理解しやすいように、部署の室内を暗くしたり、捜査員の性格を暗くしたりなど、そのありきたりでネガティブな演色性ははずせない。実際、陽気な公安捜査員というのもイメージできないものだが。
日本国内でのテロの脅威が高まった2017年には、警視庁公安部に編制された「公機捜」を主題とした『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』が放映された。
全国の警察本部の中で公安セクションとして最も大所帯なのが、部として独立している警視庁公安部。競合する組織としては法務省の情報機関である公安調査庁だが、司法警察権がなく、けん銃の所持もできない公安調査官はドラマの題材としては不適とされたのかは定かではない。