前回は交通覆面パトカーに搭載されている各種装備品を総合的にご紹介したが、未読であれば一読を。
ざっと挙げれば、交通覆面には上記のような装備品が搭載されているが、今回はその中でも、とくに運用上の理由から交通覆面パトカーに必須とも言えるのが、フロントグリル内に秘匿搭載された前面赤色警光灯だ。
今回はこの前面赤色警光灯についてさらに掘り下げて研究してみたい。
レーダーまたはレーザー計測器を積んだ交通用白黒パトカーと違って、交通用覆面パトカーができる速度取り締まりは自車の速度を利用して対象車両の速度を相対的に計測する追尾式取締りのみ。
ただし、一部の警察では覆面パトカーにレーダー測定装置を搭載している。
高速道路上で取り締まりを行う高速隊の交通覆面パトカーは、基本的に大型車両の陰に隠れながら本線を流しつつ、追い越し車線を絶え間なく監視。そして追い越し車線を後方から対象車両が追い抜けば、3秒ウインカーで追い越し車線に移り、すぐさま追尾態勢に入る。
しかしその際、すぐには屋根の反転式警光灯を点灯させず、サイレンも吹鳴させない。鳴らせば途端にブレーキを踏まれてしまうだろう。
そこで交通覆面パトカーが取り締まりを実施する場合に使用する装備が、車両前面に取り付けられた前面赤色警光灯だ。
まずは前面赤色警光灯のみ焚きつつ、違反車と同じ速度で追尾、ロックオン。追尾しながらストップメーターによる計測を開始。その結果、速度違反の現認となれば、はじめて反転式赤色灯を起立させ点灯、サイレンを鳴らし、停止命令となる。
下道で取り締まりを行う交通機動隊でもほぼ同じ。流しながら、またはじっと側道の奥深くに潜みながら速い車の出現を待つ。
追尾を始めても、屋根の警光灯は点灯させず、サイレンも鳴らさず、前面赤色警光灯のみ焚きながら違反車と同じ速度でロックオン。追いすがりながらの測定から検挙に至るというわけだ。
一連の行動の際、交通覆面パトカーは前面赤色警光灯が違反車両の運転者からバックミラーで確認できないよう、車間距離を狭めるなどして、発覚を遅らせる。
この一連の過程について一部では「覆面に煽られた」と表現する向きもあるが、青森県警察本部の公式サイトでは以下のような興味深い同県警の見解が以前掲載されていた。
覆面パトカーによる速度違反の取締りに対しては、「後方からあおられて速度を上げたら検挙された」というお申し出もあります。しかし、覆面パトカーの乗務員は、走行する車両の速度を目で見てほぼ特定できる高度な技術を持っており、明らかに制限速度を越えて走行している車両を対象に取締りを行っているところです。従って、制限速度内で走行している車両を後方からあおり、速度を上げさせて検挙するようなことは行っていません。
引用元 青森県警察公式サイト
http://www.police.pref.aomori.jp/koutubu/sidou/torisimari_kyouryoku.html
「交通覆面パトカーが(法定速度で走る車両を)煽って速度を上げさせることはしていない」と青森県警察本部は引用した文章のとおり明確に否定していた。
また、下記のサイト様にて現職警察官とのやりとりで前面赤色警光灯について興味深い説明をされていた。
「Rスイッチは前面警光灯のみ点滅させることができるスイッチです。こちらは隊員曰く”スピードの測定に使用する”とのことです」
パトカーの車内コンソール上に取り付けられたサイレンアンプの操作パネルには各種のスイッチが並ぶが、交通パトカーに見られる『Rスイッチ』もその中のひとつで、前面赤色警光灯のみ動作させることができるスイッチなのだ。
つまり、意味は文面そのまま。交通覆面パトカーはスピード測定時、前面赤色警光灯のみ点灯させる、と捉えて問題ないだろう。
このように、交通覆面パトカーの追尾時におけるルーフ上の赤色灯の点灯有無は、常にドライバーの間で議論の的になる。
取締り中の『サイレン』の免除規定
では、取締りにおけるサイレンの吹鳴についてはどのような規定があるのだろう。
実際のところ、サイレンについては道路交通法施行令第14条において『交通取り締まり中の警察車両』について明記されており、サイレンを鳴らさずに制限速度を超えても違反にはならないよう、取り締り当局が柔軟に運用しやすい免除規定が盛り込まれている。
交通取り締まり時、特に必要と認められるときはサイレンを鳴らさずに違反車両と同じ速度で追尾して速度を測定しても『パトカーが速度違反』にはならず、違反車両の取締まり活動の実施に何ら問題ないわけである。
取締り中の『赤色灯』の免除規定
一方、取締り中の赤色灯の免除規定だが、道路交通法施行令第14条に赤色灯の免除規定はなし。
ところがどっこい、道交法に規定はなくとも、都道府県ごとに定めている道路交通規則では 交通取り締まり用の警察車両を優遇する文言が明記されている。
例えば東京都の道路交通細則の第1章 交通規制等における(交通規制の対象から除く車両)のなかに明記されている(2) 最高速度の規制の対象から除く車両として『専ら交通の取締りに従事する自動車』、すなわち警察の交通用パトカーについて規定されている。しかも、赤色灯とサイレンを作動させているか否かについて、明記されていない。
となれば議論は別れるが、パトカーの中でも交通用パトカーのみは赤色灯とサイレンを必ずしも必要とせずに取締りを行ってもよいと解釈できる。そう解釈しているのは当然、我々ドライバーではなく、取り締り当局だ。
実際にこれら法律や交通細則などを根拠として警察では赤色灯やサイレン等の緊急走行に必要な保安装置を必ずしも作動させず、違反者と同じ速度で追尾し、取締りを行っているのだから。
そのような理由から、違反者が警察官に「いやいや、アンタら赤灯も点灯させてないし、サイレンも鳴らしてなかったでしょ。いくらパトカーだって、サイレンや赤色灯なしだったら速度違反だろ。違法行為による取り締まりなのだからこの取り締まりは無効だ!」などと、その場で喰ってかかろうものなら「フッ……前アカはつけてただろ。ホラ、グリルの中のこの赤灯な、集光式警光灯っつーんだけどよ、チョット見てみなアンタ。我々コレ点灯させてただろ。今もきちんと点灯してるだろ。気づかなかったのかいダンナさん。それに取り締まり中のパトカーはサイレンを吹鳴させなくても違反にならない免除規定が明記されてんだよ。道路交通法施行令第14条にな。勉強代だと思ってあきらめたら。サインしなかったら免許証返さねぇぞ、あ?綾人サロン見ろや。ついでに蝶のステッカーも買っとけば?」なんて公道上のサイン会で論破されるのがオチだろう。
なお、警視庁(東京都)の場合の道路交通規則は以下のようになっている。
http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/ag10121991.html
また、過去の判例によっても適法性が認められている。このように道交法、交通細則、判例などを根拠として取り締り当局ではサイレン非吹鳴に加えて、赤色灯を点灯させずに取締りを行う場合もあるのが実情だ。
一般の車両は「緊急自動車が近づいてくれば、道を譲ればよい。」と考えて、それを実行すれば充分であるが、緊急自動車の側に立ってみると「みんなが譲ってくれるので、どんな走り方をしても許される。」と考えるのは誤りで、自らに与えられた権利と制約を完全に理解し実践していかなければ、正しい緊急自動車の運転は望めないばかりか、万一事故が発生した場合の責任は重い。
緊急自動車に関する法令の規定は、必ずしも理解が易しいものではない。学説、判例の類も少なく、そのうえ、緊急自動車に関する特集号的な著書が見られなかったので、緊急自動車の運転に携わる人々は、断片的な知識と職務上のカンによって業務を遂行してきたのが実情ではなかったろうか。
引用元 東京法令出版 http://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/index.php?302
新たに緊急自動車に関する3判例を追加し、全19判例に!
*パトカーが赤色灯をつけないで尾行し行った速度測定の正確性と適法性(昭60.1.24札幌高裁判決)
*パトカーが赤色灯をつけず、サイレンも鳴らさずに行った暴走車阻止で生じた事故に対する損害賠償責任(平20.7.4最高裁判決)
*交通整理の行われている交差点での緊急自動車(救急車)と普通貨物自動車との衝突事故につき緊急自動車の運転者の過失を認めた事例(平14.3.28千葉地裁判決)
それにしても、道路交通法や交通規則などにより、警察車両にはさまざまな特例、例外規定が設けられていることに加え、交通取り締まりに限らず、正当な警察活動においてやむを得ずに行う軽微な交通違反はその違法性が阻却されると解されているとする警察当局の見解では、もはや単なる道交法などでは緊急走行を説明しきれない。
警察が必要と主張すれば、試験会場を間違えた受験生を緊急走行で送ることすらできるのだ。もっとも、警察の見解と裁判所の判断は別物であることに留意が必要だが。
当然『赤色灯』『サイレン』無しでの交通取り締まりには違和感を覚えるという人々からの異議もある。
松尾貴史のちょっと違和感 赤色灯・サイレンなしで取り締まり 警察車両もスピード違反では?(有料記事)
https://mainichi.jp/articles/20170528/ddv/010/070/018000c
なお、捜査用の覆面パトカーにはグリル内の前アカを備えない場合が多い(フラットビームは搭載している)中で、交通覆面パトカーでは必ず搭載されていることから、交通覆面パトカーが前面赤色灯をいかに交通取締りで活用しているか、言うまでもなさそうだ。
さらに言えば、警察の交通取締り用自動車では交通取り締まり時においては、赤色灯やサイレンを必ずしも作動させなければいけないわけではない、というわけだ。
このようにレーダー測定装置を積まない交通覆面パトカーでは以上のような手法でスピード違反取り締まりを行っているのが実情だ。
なお、 パトカーの高速性能、つまりパトカーにリミッターは搭載されているか否かについては下記の記事にて詳しく解説している。