麻薬取締官に貸与された装備品の一つ、けん銃。この記事では実際に麻薬取締官に支給されている銃のほか、その銃がキーアイテムとなったフィクション作品について詳しく考察したい。
”麻薬取締官はベレッタを使っている”のは事実か?
ウェブ上では『マトリはベレッタ製のけん銃を使っている』という指摘が多い。これは事実だろうか。
はい、M85は麻薬取締官のようです♩その他にもM84FSやM87など、M84にもいくつかバリエーションがありますね★ RT @sj_uoi: むしろそのシングル版(M85)とかほしいです。麻薬捜査官でしたっけ RT @TM_Airsoft: ベレッタM84もいまだ根強い人気が…
— 東京マルイ@AirsoftGun (@TM_Airsoft) January 30, 2012
結論から言うと、事実である。今から20年ほど前に放映されたテレビ番組によるソースがあるのだ。まずは同番組からの情報を元に、麻薬取締官の使うけん銃のモデルを特定し、詳しく解説していこう。
麻薬取締官には『警察官には認められない連射が可能なオートマチック』が支給されている
民放による”麻薬Gメン”密着番組にて画面に大写しになった『マトリの銃』の正体は?
麻薬取締官が”ベレッタ製けん銃”を支給されていることは少なくとも平成12年ごろから知られていた。その情報ソースは平成12年に放映された民放テレビによるマトリ密着番組における射撃訓練シーンだ。同番組内では装備品の秘匿のためか、画面上に一部修正をかけられたうえでマトリたちの手に鈍く光る自動式けん銃が映されていた。
麻薬取締部への密着取材が始まったある日の午後、取材スタッフによる密着取材が明らかに不愉快だとわかる物言いをする麻薬取締部のチーフをはじめとする麻薬Gメンの面々が、なにやら慌ただしく出かけていく。今となっては古めかしいTAアンテナを装着した捜査車両に乗り込んだ彼らが向かったのは倉庫のような建物。『警察とは別の射撃訓練場』だ。重厚な鉄のドアを開いて中へ吸い込まれてゆくマトリの中には女性もいる。
次のシーンで大写しになるのは回転式けん銃の銃口だ。しかし、国内の官用けん銃としてお馴染みの『ニューナンブM60』ではなく『コルト・ディティクティブ』であった。
麻薬取締官たちは着弾の正確さを期すためか、コルト・ディティクティブのハンマーを発砲のたびに起こし、ダブル・アクションで次々に実弾を標的へと撃ち込む。
コルト・ディティクティブについては、ある元・麻薬取締官の手記における自身の現役時代の写真にて、その配備をすでに公にしているため、特段深く掘り下げるものはない。問題は以下のナレーションと共に画面に登場する”自動式けん銃”だ。
『回転式けん銃に加えて、警察官には認められない連射が可能なオートマチックも所持する彼ら・・・・・・』
このナレーションはいささか大袈裟だ。当然、M93Rやグロック18のような『マシンピストル』ではなく、要するに”回転式に比べて連射が容易”な半自動式けん銃(セミ・オートマチック)である。平成12年ごろ、都道府県警察ではすでに”連射が可能なオートマチック”である『SIG SAUER P230(JP)』が私服警察官を中心に広く配備されており、珍しくない存在であった。
いや、捉え方が違うのだろう。つまり『マトリは警察が使わないモデルのセミ・オートマチックけん銃を使っている』と言いたいのではないか。そうであれば、それはおそらく事実であろう。
射撃訓練に勤しむ麻薬取締官たちが手にする、このイタリア製半自動式けん銃、日本の警察では配備が確認されていないのだ。では、この銃の正体は何か。
ベレッタのコンパクトモデル『シリーズ80』チーター
画面に映るその銃は明らかにベレッタ製けん銃のフォルムを有していた。それもフルサイズの92シリーズではなく、セミ・コンパクトの『Serie-80(シリーズ80)』なのだ。
ベレッタ社ではシリーズ80の公式愛称を個別のモデルに因らず『Cheetas(チーター)』と呼称している。フルサイズの92系を”ライオン”と例えるならば(※ベレッタ社では92シリーズそのものに愛称をつけていないが)、その妹分は小型ながら獰猛な”チーター”というわけだ。
そのチーターだが、ベレッタ社では安全かつ秘匿携行、いわゆるコンシールドキャリーに適しているとしており、これは潜入捜査官にとっても好都合と言えそうだ。
Serie-80 Cheetasは、ミディアムフレームパッケージで.380(9mmショート)および.32 ACP(7.65 mm)パワーを提供します。超安全で信頼性が高く、射撃が簡単なため、隠し持ち運びや護身術に最適です。NanoやPico(※)などのサブコンパクトに取り組む準備ができていない射手にとっては最適です。
※同社製コンシールドキャリースタイルの超小型ピストル
出典 ベレッタ社公式サイト https://www.beretta.com/en/serie-80/
しかし、麻薬取締官のけん銃はシリーズ80チーターであることに疑いの余地はないものの、シリーズ80には口径と装弾数の違いで実に様々なモデルがあり、その同定にやや混乱が見られた。
番組から確認できる情報では、取締官らの握る銃のトリガーガードはベレッタ社が謂う所の『コンバットスタイルのトリガーガード』となっていることに留意したい。これは現在主流のコンバット・シューティングに欠かせない『両手保持』を行うためのもので、利き手と反対側の手の指をトリガーガード前面にかけて銃を安定保持するために設けられている。そのため、角ばったデザインだ。
この独特のコンバット・トリガーガードは88年からラインナップされた”F”、そして96年に登場し、セーフティにデコッキング機能を追加した”FS”系の特徴である。とはいえ、射撃訓練では片手保持、両手保持の両者が混在していたものの、トリガーガードに指をかけて射撃している麻薬取締官は一人もいなかった。
いずれにせよ、この”FS”が現行シリーズ80の定番だが、一言でFSと言っても、実に81FSから87FSまで数字が連なる。しかも、外見上は”Tip-Up Barrel”を備えたM86を除けば、どれもほぼ同じなのだ。
だが、同番組では具体的なモデル名には言及していないものの、ヒントは与えてくれている。台座に置かれたボカシのかかった銃本体ではなく、その横に佇むシングルカラム(単列)のマガジンだ。
シリーズ80(FS)のうち、マガジンがダブルカラム(複列)で.380(9mmショート)が13+1発のM84FS、そしてシングルカラムで同8+1発がM85FSとなっている。したがって、後者であると推論できるだろう。
実際、85FSに関してはそのスリムなグリップ幅から、手の小さい射手や隠し持つことに最適であるとベレッタ社では売り込んでいる。
85FSチーター
直線的な8ラウンドのマガジンを備えたピストルは、よりスリムなプロファイルを備えているため、手の小さい方に最適です。スリムなけん銃として、隠し持ち運びや、護身術やレクリエーション射撃にも非常に適しています。85FSチーターは、ニッケル仕上げも用意されています。
出典 ベレッタ社公式サイト https://www.beretta.com/en/serie-80/
まさに欧米人より比較的手の小さい日本人かつ、潜入捜査官である麻薬取締官にM85、それも銃の安全管理を何より優先する日本の捜査機関には定番のFS仕様が最適と言えそうだ。
1975年、ベレッタ社から展開された『シリーズ80』は、フルサイズのM92からダウンサイジングされたセミ・コンパクト・シリーズだ。全長約170mm、重量約600gと小型軽量で、使用弾は本家92シリーズの9mmパラベラムより威力がダウンした.380ACP(9mmショート)および.32ACPとなっている。
このうち、M84では .380ACP弾を13+1発、M85では同8+1発となっており、この装弾数の差が両モデルの仕様の違いとなっている。つまり、M84とM85の外観上の大きな違いは装弾数の違いによるマガジンの厚み、グリップの太さなので、銃を握ってしまうと”わからない”のである。
わからないと言えば、台座の上に置かれたM85にはボカシがかかっているものの、斜め後方から撮影されたマトリたちの実際の射撃訓練の場面でのM85には、何ら一切の修正が施されない番組構成には首を傾げてしまう。当時の厚生省は放映前に事前チェックをしたのだろうか?
さて、前述の民放番組における『回転式けん銃に加えて、警察官には認められない連射が可能なオートマチックも所持する彼ら・・・・・・』というナレーションに、一つだけフォローを入れたい。
日本警察におけるベレッタと言えば、近年こそSITやSPにおけるバーテック、銃対による90-Twoなど配備の確認が取れている。
しかし、番組放映当時の2000年台初頭では少なくとも公かつ大規模な配備はなかったはずだ。”警察が使わないベレッタを持つ麻薬取締官”。同番組が警察官とマトリとの任務の違いを際立たせたい意図として、その点を強調したかったのなら、大袈裟だったとしても納得できるナレーションと言えそうだ。
厚生労働省が自らM85配備を公にした
日本政府が国民への広報資料としてインターネット上にて配信している動画(公開日:平成19年11月1日)
上述の密着番組にてM85らしき銃が映っていたことで、ベレッタの配備は明らかになってはいたが、日本政府自らによる公式ソースで確定がなされたのは、さらに後年であった。
日本政府による国民向けの広報資料『政府インターネットテレビ 行政の現場から』において、麻薬取締官がベルトにナイロンホルスターを装着のうえで特殊警棒を吊り、銃にシングルカラム弾倉を装填したうえで着装する場面を厚生労働省が自ら公開したことで、ほぼM85と同定。
これにて一応の決着はついたと言える。もうそこにはボカシは存在しない。当事者の手で、事実が無修正で放映されたのだ。
さらに厚生労働省の公式サイト上でも、特殊警棒や手錠とともに、ホルスターに収められたM85が写っているのだ。次から次に、隠された手の内が明かされてきている。
突如として手の内を明かす姿勢へ政策転換した厚生労働省の意図は不明だが、オープンな姿勢には国民からの信頼に応えたい同省の思惑もあるのではないか。
いずれにせよ、台座の上のマガジンや、マガジンの装填シーンがなければ、今でもファイヤパワーに勝るM84だと推論づけられていたかもしれない。M85はあまりにマイナーであること、その当時の国内トイガンメーカーによるラインナップでもM84が当たり前で、ベレッタのシリーズ80と言えば、圧倒的にM84の知名度が高かったからだ。
麻薬取締官は規定の範囲内であれば各自の好みの銃を自由に選べる
ベレッタM85は選択肢の一つに過ぎないのではないか
ほかにも興味深い話がある。こちらはソース不明ながら「マトリは個人の好みで好きな銃を選べる」というものだ。前述したように、厚生労働省地方厚生局麻薬取締部で配備されている標準的なけん銃は、警察およびその他の司法警察職員に広く配備されたニューナンブM60、そのほかにコルト・ディティクティブ、そしてベレッタの数種。だが、マトリにはそのほかにも決められた口径の中から自分の好みのけん銃を携行できるというのだ。
何のためにそのような規定をとっているのか、これは筆者の憶測に過ぎないことを最初にお断りしておくが、潜入捜査中に麻薬取締官という身分の発覚を防ぐためだと考える。
違法薬物の売買を行うのは主に暴力団構成員等だが、麻薬取締官は薬物事件に限って囮捜査が可能で、売人のふりをしてこのような集団に積極的に近づいて、密売の現場に出ることもある。
当然、身なりも反社集団構成員と似たような趣味趣向で臨む必要がある。
公務員は国民から信頼されるような身なりをするのが大前提のため、厳しい身体容儀基準があり、警察官や自衛官などが特にそのような傾向が強いが、麻薬取締官のみは例外で、彼らの場合はおよそ公務員、それも司法警察とはとても思えない異常な風貌もまた特徴だ。
やはり、マトリは身分を隠して組織の中へ潜入する都合上、警察と同じ銃は使用できないという配慮からではないか。
これは警察における国費配備の覆面パトカーで見られるような、本来秘匿が必要であるにもかかわらず、同一車種がズラーっと並ぶことで正体が発覚する欠陥的な調達制度を否定するようなポジティブかつ実戦的な慣しと言えなくはないか。
元刑事の飛松氏によれば、反社会集団は薬物の依存性を利用して、クラブなどで目当ての女とのダンス時になんらかの方法で薬物中毒にして性奴隷にする場合があるという。一方、アサヒ芸能の報道によれば、クラブですごい腰つきの速さでゴーゴーで踊り狂ってるのが本職の麻薬取締官という実例もあるという。
『お前も舐めれや。マトリじゃねえなら舐めれるべ』
ある元マトリが現職時代、組織暴力の構成員のふりをして潜入捜査中にそんなことをブローカーに言い出されて探りを入れられた際、『前の組長への仁義』を持ち出して威圧してピンチを切り抜けた、と述懐されていた。おそらく、そのとき彼が懐に隠し持っていたのはそこらの警察官が使わないけん銃ではないか。
なにしろ、潜入捜査中のマトリにとって、けん銃は直接、自らの命に関わるのだから当然と言えばそれまでだ。
官用けん銃丸出しのニューナンブを懐に潜入捜査はありえない?
おとり捜査のため、パーマをかけたり、組員の好むスーツを着たり、特別仕立てらしき『毛皮付きホルスター』などをベルトに付けて、寒い身なりをして麻薬密売組織に潜入をすることは実際にあり、髪の毛が茶色に染まった女性取締官もいる。いる、というのは実際に密着番組でその寒い姿が放映されたからだ。演出でなければ、そう受け取るしかない。
つまり、マトリの『特別司法警察職員』という身分の身バレを防ぐため、潜入捜査ではあえて都道府県警察が採用していない銃も独自に採用し、マトリの個人の好みで複数の銃を選べるというのも頷ける話だ。
しかし、そうであれば厚生労働省自ら社会一般に自らの装備品の詳細を公にしてしまうことで捜査に支障は出ないのだろうか。すでに日本におけるM85はマニアックな官用けん銃のイメージがついた。
そう考えると、新たな推測ができる。つまり、M85の配備を厚生労働省が公にしたことはM85に代わる別のモデルがすでに採用されたことを示唆しているのではないか、という可能性だ。
あのとき、民放にボカシをかけさせた当局者。『ベレッタという名称の装備品は当省では保有しておりません。ボカシの件はもう忘れてください』と、今度は堂々と言えるのかも知れない。
これまで、潜入捜査では公表されていなかったM85を使い、それ以外の捜査ではニューナンブと、見せ銃と隠し銃のごとく使い分けしてきたはずだ。となれば、M85がそれまでのオフィシャルなニューナンブ的立ち位置におさまり、長らく秘匿されていたM85の代わりに別の新たな銃が配備された、と言えなくもないのではないか。
『麻薬取締官はM85を使っている!国も公表した!それ見ろ!』なんてマニア(筆者?)が勝手にワクテカした時点で、当の厚生労働省では”すでに退役”になっていたのかもしれないのだ。
しかし、ベレッタの後継として今後もシングルカラムで秘匿携行性に優れたマイナーな銃が選ばれたのではないかと、その妄想は筆者の中で止むことはない。近年、トカレフに代わって押収量の多いマカロフや、グロックに代表される流行のポリマー製けん銃、さらに米国のマイナーメーカー製の銃ならば、反社集団もよもやマトリとは思わないだろう。
一般的な司法警察の使う官用けん銃、つまりニューナンブやサクラといった銃種とは一味違う、イレギュラーな銃を使っていても不思議じゃない点が、マトリの秘めた魅力でもあるのだ。
ベレッタM85と麻薬取締官をめぐるフィクション作品
このように、マトリのベレッタに関しては遅くとも2000年台初頭から一部公にされてきた事実があるというわけだ。
そんな経緯もあってか、麻薬取締官の相棒としてべレッタが登場する作品は、実は意外と多いようなのだ。
なお、各作品を紹介するにあたり、M85そのものが伏線のキーアイテムとなるため、ネタバレにご了承願いたい。
『警視庁捜査一課9係』の第8話にて、麻薬取締官のベレッタM85が重要なキーアイテムとなった
密売組織の中に深く入り込む潜入捜査の特色から、ドラマの題材になることも多い麻薬取締官。2014年には女性取締官が主役の2時間ドラマ『マトリの女 厚生労働省 麻薬取締官』が放映されたほか、刑事ドラマのわき役としてマトリが登場することは意外と多いのだ。
なかでも、2016年に放映された人気ドラマシリーズ『警視庁捜査一課9係 season11』の第8話において、麻薬取締官がベレッタM85とともに登場したことは、ある意味刑事ドラマ史上初の快挙と言えるのではないか。
中国のマフィア組織に中国人を装って潜入中の厚生労働省関東厚生局麻薬取締官・比留野(ファン)は組織の女・麗美と恋に落ち、その正体が組織にバレ、自分と子の命を狙われる最中、比留野を狙う組織の放った凶弾が無関係の歌手を襲うという緊迫の展開だ。
比留野は息子を人質に取ることでその命を守りつつ、自分を消し損ねた凶悪道化師を単独で追跡。故・渡瀬恒彦氏演じる警視庁捜査一課9係長の加納らが捜査を開始するが、比留野が息子へのプレゼントとして麗美に託したある物の中身がチラチラと画面に小さく映る。85の数字とけん銃の絵が見える。どうやらモデルガンの箱のようだ。何やら見入った加納は「・・・そういうことですか」と確信を得る。その理由とは。
麻薬取締官・比留野は自分の正体を見抜いた加納に、その理由を問う。加納はずばり答えた。
『その銃です。我が国ではM85は麻薬取締官のみに支給されています』
まさにM85が劇中で重要なキーアイテムとなったのだ。それが幾重にも絡み合いながら事件は進行、複雑な人間模様の中で、父と子の絆が描かれるという興味深い演出には思わず唸った。
父が幼い息子に託した”M85のモデルガン”は、隠していた自分の正体を仄めかすメッセージとして機能し、見事に伏線が回収されたのだ。
これが『麻薬取締官のみに支給される銃』ではなく、警察以外の捜査機関にも広く配備され、官用けん銃の代表格であるニューナンブM60やSAKURAだったなら、ドラマは成り立つだろうか。潜入捜査自体が成り立たないはずだ。
もっとも、本作のラストでは幼い息子が”自らネットで調べて”、託されたモデルガンのメッセージに気づき、将来は自らも父と同じ”国家公務員”を目指すのだから、本作の世界でもすでに”M85はマトリの銃”であることが認知されているわけだ。となると、逆に言えば、携行していた銃がM85であるがゆえに、比留野の正体が麻薬取締官であることが組織にバレた可能性もあるのでは・・・、という正反対の見方もできてしまうのだが・・・。
なお、日本のトイガンメーカーではM84のみモデルアップしており、M85はモデルアップされていない。そのため、劇中ではわざわざ”M85”と大書きされたモデルガンの箱が用意されるなど、点と線を結ぶキーアイテムとしてM85を際立たせたい脚本家らの造詣の深さが滲み出ている。
今後、M85がトイガン市場に登場するかは不明だ。しかし、加納警部の言葉をお借りするなら『我が国ではM85は麻薬取締官のみに支給されている』事実は、このマイナーなけん銃が日本国内で強烈なインパクトを残すことに成功したことの裏返しでもある。M85のモデルアップを望んでいるトイガンファンは潜在的に多いのかもしれない。
真・女立喰師列伝にてベレッタM85と女性麻薬取締官が登場
こちらもベレッタM85が劇中で伏線のキーアイテムとなるが、前述の『警視庁捜査一課9係』とは対照的に、少し悲しい結末となる作品だ。
『攻殻機動隊』などで知られる世界的鬼才・押井守監督が、6人の女優と6つのエピソードでおくる、2007年公開の映画『真・女立喰師列伝』。
そもそも、押井守作品における「立喰師」とは、飲食店で金を払わずに喫食し、そのまま颯爽と店を後にするという、外食産業における闇である。く、喰い逃げだッ!落語の「時そば」にも通じるものがあるが、あちらは客が言葉巧みに蕎麦を褒めちぎり、最後に蕎麦屋の主人を錯誤させ、正規の代金から一文だけちょろまかすのに対し「立喰師」は蘊蓄や説教など、その巧みな話術や見事な食いっぷりを店主および客に披露し、圧倒させ、彼らが驚愕しているうちに、ただの一銭も払わずに店を立ち去る外道である。彼ら「立喰師」は「うる星やつら」や「機動警察パトレイバー」など、押井守氏が監督を行う作品には非常に多く登場する。時に彼らはそのただならぬ雰囲気で蕎麦をすすり、誰も聞いていない蘊蓄を語り、店員の調理不備を指摘し、店主や他の客を困惑させ、そして観る者を魅了する。彼ら立喰師は外道ではあるが、間違い無く”表現者”である。ただし、作品によっては立喰師が重武装の警察関係者にお蕎麦のどんぶりで撲殺される悲しい展開もあった。
さて『真・女立喰師列伝』は2006年度に公開された『立喰師列伝』のスピンオフ作品で、女性立喰師のみを描いたオムニバス作品だ。それぞれの短編に直接のつながりはないが、エピソードの一つ「Dandelion 学食のマブ」が興味深い。劇中、主人公のファミレス店長・神山(本エピソード監督の神山健治)のもとへ大学時代、浅からぬ関係であった女立喰師・学食のマブ(安藤麻吹)が客として訪ねてくる。
実は彼女、何度か来店しては、その度に無銭飲食を繰り返しており、店の従業員らにマークされていた。ところが、大学時代の昔話を切り出す店長に彼女・学食のマブは全く過去を覚えていないどころか、待ち合わせていたらしき胡散臭そうな男と共にトイレへ席を立つ。ただならぬものを感じた店長は思い余って、彼女のハンドバッグを弄ると、そこには現金の入った封筒、そしてベレッタM85。もはや無銭飲食どころのレベルではない。明らかに違法薬物の取引現場を目の当たりにしているのだ。
自分の預かる店で犯罪は犯させまいと、店長は『彼女のベレッタ』を秘かに取り上げ、ズボンのポケットへ仕舞い込んだうえで110番通報を敢行。しかし、警察本部通信指令センターの受理台勤務員から伝えられた指示は思いもよらぬものだった。そんな『彼女のカレラ』みたいに言うのはやめなさい。いや、そうじゃなくて。
「そこでの出来事には見て見ぬふりをして一切干渉しないでください!その女性は厚生省の・・」
唖然とした店長は店の外に駆け出す。干渉どころか、この銃を彼女に返さなければ、命をかけた彼女の任務が失敗するかもしれない。彼女の命が危ない。だが、遅かった。駐車場で銃を持ったドラッグディーラーと対峙する彼女はM85が無いがために、なすすべなく凶弾に倒れた。
店長は自分が奪ってしまった銃を彼女に差し出すが、瀕死の彼女にはもはや、それを握る気力はない。薄れゆく意識の中で、彼女は無言でベレッタのセイフティを解除するのがやっとだ。そして一瞬、彼女は頷いたようにも見えた。それは何を意味するのだろう。まだ銃を持った被疑者が二人の前にいるため、店長の身を案じ、死にゆく自分のM85を彼に託したとも受け取れなくはない。麻薬取締官、いや、特別司法警察職員として民間人の身体生命を守らなければならないと、彼女のプライドがそうさせたのか。儚くも凛々しく、グッと来る見せ場だ。
そして、彼女のM85を手に、店長が取った驚きの行動と代償は・・・?本当に彼女は店長との過去を忘れてしまっていたのか・・・?それは本編を視聴して確認してほしい。
店長は前述した『警視庁捜査一課9係』の加納警部と違い、一般人であるがために”M85が何を示すのか”わからなかった。その持ち主である彼女の職業と彼女が身を置いている現在の状況が推し測れなかったことにも非はない。しかし、通報だけに留めず、自己の判断で彼女の銃を取り上げてしまったことは、やはり行き過ぎた正義感と言わざるを得ないだろう。それ故に、結果として立喰師『学食のマブ』は代金を1円も支払わず、むしろ店長が善意、いや、行き過ぎた正義の代償を払うという、なんとも切ない結末だ。
なお、本作の時代設定は1981年となっており、携帯電話もインターネットも登場しない。それに85F(88年)、85FS(96年)も世に登場していない。そう、劇中に登場するのはトリガーガードがラウンド型のシリーズ80のプロップガン。おそらくマルシンのM84ベースだろうか。そうであれば、想定されたのは”M85B”であり、しっかりとした時代考証がなされていると言えそうだ。ただし、マトリが当時からシリーズ80系を配備していたかは不明だ。
コーヒーを待つ間、テーブルの上に置かれたグラスにタンポポ(Dandelion)を挿し、小説を読む麻薬取締官の彼女の姿に、筆者はそう遠くはない古き良き時代を思い出し、その叙情的ノスタルジックが唯一の淡い救いとなっている気がする。
いずれにせよ、我々ゼンリョーな市民としては、くれぐれも店長を他山の石として、怪しい女性がいても、学生時代恋仲であったとしても、その持ち物に『警察官には認められない連射が可能なオートマチック』つまり、”ベレッタM85”があったなら、見て見ぬふりが無難である、という反面教師的側面がこの作品のコンセプトであると信じて疑わない筆者である(神山監督ごめんなさい)。
大沢在昌氏の『魔物』にてM85と麻薬取締官が登場
この作品は2009年に刊行されたもので、主人公は厚生労働省北海道厚生局麻薬取締部に所属する麻薬取締官・大塚。未読のため、詳しい概要は不明だが、以下の角川書店公式サイト「KADOKAWA文芸WEBマガジン」の解説(レビュー)によれば、本編にM85が登場するようだ。当然、主人公が麻薬取締官であるなら、当該人物が携行すると思われる。なにしろ、レビューの初っ端から『M85から放たれた弾丸』の描写である。
出典 https://kadobun.jp/reviews/763.html
余談・元麻薬取締官事務所職員だったアニメ監督の故・大塚康生氏
こちらはベレッタではないが、大塚つながりだ。マトリと銃のエピソードで面白いものはもうひとつある。人気テレビアニメ「ルパン三世」の故・大塚康生監督の前職は麻薬取締官事務所職員だったというもの。法の番人がアニメ業界に入るなど異色の経歴だが、氏によれば、当時はブローニングを使っていたという。
言わずと知れた峰不二子の愛用品というわけだ。
麻薬取締官とけん銃のまとめ
麻薬取締官の多くが大学の薬学部で薬剤師の資格を取得しているとされており、採用への道はやや険しいと言えるが、鈍く光るダブルアクション・ベレッタM85を手に、警察官では味わえないスリルとチャンスを甘受できる麻薬取締官は日本の特別司法警察職員の中でも特筆に値する。
このように、厚生労働省のマトリは警察の配備しない銃を保有している事実がある。そして同省が自らその装備品「ベレッタM85」を公にした事実は、すでに潜入捜査などの第一線からは退き、別の銃種が調達された可能性もあるのではないかと筆者は推測する。
ただし、マトリを描いた作品では、M85が今後も引き続き物語の伏線として活躍することを願いたい。
※この記事のタイトルバナー画像はベレッタ社公式サイト(https://www.beretta.com/en/serie-80/)から批評と考察のため、引用しました。
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