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前回のアナログ警察無線の記事で解説したが、続発する交信妨害事件によって直接的な危機にさらされたアナログFM変調の警察無線機『MPR-10』および『MPR-10A(音声反転秘話機能10番A搭載機)』はグリコ森永事件が追い風となり、速やかに解読困難なデジタル変調式車載無線機『MPR-100』へと更新されていった。
デジタルコーデックによる暗号化により、妨害と第三者の傍受に対して非常に強固となった『MPR-100』からはじまるデジタル警察無線機の歴史をひもとこう。
鳴り物入りでデビューの初代デジタル機『MPR-100』
『MPR-100』はパトカー車載用デジタル警察無線機として90年代に活躍した。
液晶表示などはなく、シンプルな外見だが、操作スイッチが配されたパネル正面には大きな『コードスイッチカバー』と呼ばれるフタがあった。このコードとは『デジタルコード』であり、それを設定するためのスイッチおよび、ロム書き換え用コネクタ接続口がカバーの奥に収まっているのだ。
フタはどんなにツメをひっかけて開けようとしても開かず、開けるには無線機をブラケットから外して、無線機本体底面の『Bボタン』を押す手順だが、簡単に外せやしない。MPR-100はパトカーなどに専用ブラケットで車載された状態から外すには専用の『ロックはずし棒』が必要で、各種の警報装置が備わっている。
さらに、外した無線機のフタを不用意に開けようものならば、無線機本体のプログラムが一瞬で消去される。また、制御信号を送信することでも盗難無線機のプログラムを消去可能。
なおMPR-100および、その受令機は過去100台以上が盗難などで紛失が相次ぎ、月に数回のコード変更が行われていたという。
参考文献 ラジオライフ1996年2月号
MPR-100によるデジタル化後も一部で解読され傍受されていた
ところが、そのデジタル化と高度なセキュリティによって第三者が容易に解読できなくなったはずの新・デジタル警察無線が、90年代後半、革マル派によって秘密裏に傍受されていたことが発覚し、大々的に報じられた。
当時の報道や専門誌、それに警察の公式資料で明らかになっているところによれば、平成10年4月、警視庁公安部は千葉県浦安市内において、革マル派の非公然アジト「浦安アジト」を摘発したところ、同所には警察無線を傍受するための無線機12台ならびにデジタル解読機11台が設置されており、さらに20台もの録音機によってカセットテープ5000本にデジタル警察無線の交信が記録されていたという。
警察が公開している公式資料によれば、アパートの一室に設けられた同グループの『非公然アジト』では無線の傍受活動を周囲に知られないようにするため、空中線をベランダの植木のツルに絡ませ偽装させ、室内では十人以上の『革マル派』女メンバーらが、ヘッドホンをつけて24時間体制でデジタル警察無線を傍受し、テープに録音して記録していたという。
2003年、新型デジタル無線機『APR(Advanced Police Radio)』配備
この事件によって、脆弱性が思いもよらぬ形で明らかになった旧規格のデジタル警察無線『MPR-100』は2003年、さらに暗号化を強固にしたデジタル第2世代となる『APR(Advanced Police Radio)』方式に更新された。パトカー(無線警ら車)に配備されていたのは、APR-ML1(三菱電気での形式名称はFM-719A)車載/可搬両用型無線機で、デジタル移動体通信システム用端末と呼ばれる。
パトカー用警察無線機APR(三菱電機 FM-719A)
APR型の車載用警察無線機(三菱電機FM-719A)はパトカーや覆面パトカーに広く搭載されており、無線機本体と操作パネルを外せるセパレート式によって、操作パネルとハンドマイクだけを助手席の操作しやすい箇所に設置できる。パトカーでは盗難防止のためトランクルームなどに本体を秘匿設置する方法が主に取られている。
バッテリーも内蔵されているため、必要に応じてパトカーから取り外し、可搬型として運用できる。
三菱電機の公開資料『三菱電機技報 2004年2月号 論文13』に記載された同社の公式な説明によると、FM-719Aは150MHzのVHF帯を使い、4chTDMA方式、出力10W。音声通話と同時にデータ通信を可能としており、可搬時は内蔵バッテリー動作で8時間以上(送信:受信:待受け=1:4:5)の運用が可能としている。
APR-ML1は大きく見やすい液晶パネルを備える。APR方式の警察無線機が配備後は『デジタル警察無線の復号に成功し、その交信が傍受された』などという話も表立っては皆無になった。
現在の警察無線機のセキュリティ対策は?
本来、警察無線機は当局そして製造業者(三菱およびパナソニック)による厳しい納入管理体制が敷かれており、近年ヤフオクに出品された『デジタル消防救急無線受令機DJ-XF7』などと違い、横流しの防止対策は厳格だ。一般に市販されることは当然ない。
ただ、前述したように警察では過去、旧デジタル無線機MPR-100が100台以上盗難などで紛失した。
もちろん、現行配備のAPR機が万が一、不正な経路を経て悪意ある者の手に渡ったとしても、電源スイッチをオンにしただけでデジタル警察無線が聴取できることは、まずないと言えそうだ。
その理由は、警察無線およびその通信にあまりにも高度な暗号コードなどによるセキュリティ対策が施されているためだ。
旧型のMPR時代でもそうだったように、実際に盗難が判明した場合はデジタル制御信号を盗難無線機に送出することで無線機自体を狙い撃ちで個別に使用不能にできる。盗難無線機は自己破壊コードを受信した途端に、永遠の眠りにつくというわけだ。
暗号コードの書き換えは旧・MPR時代には月に2回程度だったが、現在のAPR型では1時間毎で変更がなされているという指摘もある。
実際の頻度は不明だが、電子技術の発達から、演算回路の性能も上がり、セキリュティ対策はより進んでいることは間違いないだろう。
さらには無線機のフタを設定された方法以外の開け方で開くとプログラムが飛ぶビックリ箱仕様は旧型と同じ仕様。ある意味ではiPhone顔負けの盗難対策、セキュリティ機能満載なのである。
そして、このAPRシステムは、近いうちに使うことができなくなってしまうことが決定した。埼玉県議会の平成30年9月定例会における警察危機管理防災委員会によれば、電波法の関係で平成34年の12月以降規格が変わるため、平成34年の12月までにはAPRシステムを全て廃止して新型デジタル無線システムに移行しなければならない。それが以下の新システムIPRである。
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2018年、IPRデジタル無線機登場
デジタル警察無線はさらに進化中だ。2018年からは全国の警察本部でデジタル基幹系車載無線機APRが新システムのIPRに移行段階にあり、計画では2020年までに完全更新される。
APR後継の警察無線、IPRの端末を初めて間近で見ました。
一部地域を除き、まだAPRが主流で普及にはもう少し時間がかかりそうです。 pic.twitter.com/lKsjWWxqHS— YXS10 (@yxs10_tss10) January 16, 2019
警察独自の自動車電話、携帯電話システムであるWIDE通信、さらにパトカー緊急照会指令システム(PAT)も将来的にIPRに統合される形でAPRから置き換わる。
このため、IPR無線機のハンドマイクにはフィーチャー・フォン端末のように液晶画面、数字キーなどが配置されているのが特徴だ(複数タイプの存在が確認されている)。
IPRの性能やセキュリティ
埼玉県議会警察危機管理防災委員会によれば、新型のIPR形警察移動通信システムは、現行システム(APR)からどの程度、性能が向上するのかとの質疑に対し、県警担当者は以下のように回答している。
「警察無線機としての機能に加え、国費で整備されるスマートフォン型データ端末(※)との連携機能や、活動中の警察官や警察車両の位置情報を入手できるGPS機能を有している」との答弁がありました。
脚注 スマートフォン型データ端末とは地域警察デジタル無線システムのうち、PSDのこと。
出典 https://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/gikai-gaiyou/h3009-4-8.html
GPS機能とは、これまでのカーロケナビにおける位置情報データの機能をIPR無線機側に移したものと推測できる。
また、セキュリティについても『現行のAPRよりも更にデジタル化が強化され、盗聴のおそれはないと考えている』としている。
IPRは旧APRとの互換性なし
こちらも埼玉県議会警察危機管理防災委員会による埼玉県警本部担当者からの回答であるが、旧APRと新IPRとは『システムが異なるため』互換性、連携性はないとしている、
IPR型無線機とIPR型無線機の互換性だが、技術的な部分や性能的な仕様の面の周波数の問題などで、互換性がない。
システムが全く異なることから互換性がない。現行のAPR形に更新整備する際にも、連携の検討を行ったがシステムの違いから互換性は得られなかった。現在のパーツが14年使用されているもので、故障等も発生している状態から、全体の早期更新整備が重要である。
出典 https://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/gikai-committe-kaigiroku/documents/18-3009-keiki.pdf
携帯用IPR無線機も配備
IPRにはウオーキートーキ・タイプのIPR-WTも配備されている。
皇宮警察のIPR-WT型無線機の話が出ましたので、私も写真を投下
5月4日に行われた御即位一般参賀の際に撮影したもの。
なお、同時期に関西方面の友人に確認したところ京都の護衛官が使っているのは見た事が無いとのこと。 pic.twitter.com/GOTy0OnhGC— 交番巡査 (@Police_box110) August 21, 2019
製造メーカーはなんと、アマチュア無線機でおなじみのアイコム。
デジタル警察無線機のまとめ
このように警察のデジタル車載無線機は高いセキュリティ性をめざし、MPR、APR、IPRと進化してきたというわけだ。
しかし、外部からの傍受や解読に対しては高いセキュリティ対策が行われている現代のデジタル警察無線であっても、内部からの不正流出自体は防ぎきれてはいないようだ。
2019年8月23日、警察無線の音声データを動画サイト上に公開した男と、音源をフリマで販売した男が書類送検されたが、この事件では流出の大元が山梨県警の現職警部補(当時)だった。
今回の事件の報道では産経新聞社の報道が最も詳しかった。
https://www.sankei.com/affairs/news/190823/afr1908230009-n1.html
調べによれば、山梨県警に所属していた50代の警部補は平成21年のある非番の日に、勤務先の県警で貸与されている警察無線用受令機2台を持ち出して東京都八王子市内に所在する中央道の石川パーキングエリアに向かい、同所において、警視庁の無線交信を不正に傍受、録音したもの。また録音にも山梨県警の備品であるICレコーダーが使用された。
その後、警部補は録音された無線の音声データを知人である無線愛好家の50代男性に数万円で販売。無線愛好家が音源をCDにしてパート従業員の男に譲渡し、パート従業員の男はフリーマーケットアプリに出品。購入者であるアルバイトの男が、3本の動画に編集して『注目を集めるために』YOUTUBEに投稿した。
この事件が報道された当初、一部では『警察無線が解読された』と指摘する声もあったが、フタを開けてみれば案の定、”警察無線音声流出”の大元は現職警察官で、やはり第三者による解読ではなく、部内からの不正流出という単純な不祥事であった。
いずれにせよ、外部からの傍受が極めて困難な現代の警察無線で音声が外部に流出した場合、まずは部内からの流出を疑うのは常識となってしまっている。
なお、警視庁は通常、警察無線で行われた通信を1年間保存し、その後は消去しているという。