警察無線を受信するためのスキャナー(レシーバー)を車に何台も積み込み、事件の第一報を傍受、警察無線の通話コードを一瞬で解読し、“取れ高の良い現場”へ急行するストリンガー(報道カメラマン)の主人公を描いた映画『ナイトクローラー』。他人の不幸を願い、毎晩待ち受ける主人公のその不気味な行為は賛否両論を起こしつつも、報道のBTS(behind-the-scenes…舞台裏)では彼らストリンガーなくしてはスクープ映像が撮れないという現実を生々しく描き出す問題作だ。
規制線の向こう側を広帯域受信機で傍受する主人公の姿には、日本でかつてアナログ警察無線を傍受していたマニアのココロに、あの時代のアツい情熱と夢をもう一度呼び起こさせるはずだ。
『ナイトクローラー』の製作にあたり、テクニカル・コンサルタント(技術指導)したのは実際の本職のストリンガーであり、本作でもエキストラ出演し、取材機関RMG NEWSを主催するレイシェブルック兄弟だが、彼ら本職のストリンガーに迫った密着風リアリティ番組がNetflixで配信中の本作『Shot in the Dark(ショット・イン・ザ・ダーク)』である。
『Shot in the Dark』に出演しているのは実際に本職で活動しているストリンガーたちで、YOUTUBEではほぼ毎日のように彼らのアップした最新の事件事故現場の映像を視聴可能。
『Shot in the Dark(ショット・イン・ザ・ダーク)』では、ストリンガーというビジネスがより深く理解できるだろう。
ストリンガーに迫ったNetflixの『Shot in the Dark』
本物のストリンガーが協力しているとはいえ、あくまで『ナイトクローラー』はフィクション作品だ。その区別は必要ではあるが『Shot in the Dark(ショット・イン・ザ・ダーク)』を見てしまうと、とたんに『ナイトクローラー』の主人公・ルイスのやり方が荒唐無稽に思えてきてしまい、戸惑う。
自分で犯罪を誘発させたり、警察を怒らせて目をつけられるストリンガーが、そうではない同業者を差し置いて業績を伸ばせるとは思えないことが『Shot in the Dark(ショット・イン・ザ・ダーク)』を見ると、わかるのだ。本作においても、ストリンガーたちと警察との現場での衝突が描かれているが、彼らは基本的に捜査を妨害しないし、疑わしい行動はしない。
『ショット・イン・ザ・ダーク』でスポットライトの当たる主人公たちは実際に最前線で活動し、報道機関に映像を売っている現役のストリンガーだ。
銃撃、暴動、墜落。彼らは日々、あらゆる事件事故を追い続ける。日本のテレビ視聴者も知らずのうちに彼らの撮ったスクープ映像をテレビで見ているかもしれない。また、彼らが撮ったリアルな事件事故の映像は公式サイトやYOUTUBEで視聴できる。
だが、彼ら”リアル・ナイトクローラー”も道徳的にグレーな商売であるこの仕事に対する己の信条はそれぞれで異なる。
彼らストリンガーをご紹介しよう。
ハワード・レイシュブルック(Raishbrooks)。2人の弟マーク・レイシュブルック、オースティン・レイシュブルックと共に3人でRMGニュースという会社を作り、LA市内を兄弟それぞれがエリア別に受け持ち、報道スクープ合戦に参戦している。兄弟といえど、お互いがライバルだ。レイシュブルック兄弟は以前、「Stringers:LA」というタイトルのリアリティ番組でも取り上げられており、業界では先駆者として知られた存在だ。
ハワード・レイシェブルックはイギリス生まれで、地元で警察24時に感化され、パトカーを撮ることに喜びを見出し、米国に渡ってこの世界に足を踏み入れた世界びっくり野郎。ストリンガーとしての活動は長く、ガス代が無駄になる夜もあれば、一晩で1か月分稼ぐ夜もある。深夜の車内でポテトチップスをつまみ、警察無線に耳を澄ますリアル・ナイトクローラー・ライフに身を置くのは孤独だが、妻への電話、弟たちとの無線交信で寂しさを紛らわす日々。ライバル会社『ラウドラボ』のパッケージ販売という姑息な手法、同じくライバルの『オンシーンTV』の豊富な人的リソースにきりきり舞いの苦戦を強いられ、オンシーンからの合併の誘いに心が揺れ動く。さらに弟のオースティンが人命救助の際のPTSDで心が折れて引退し、戦力不足となり、スランプ気味だ。イギリス人らしく紳士で道徳的には中道。
一方こちらは『オンシーンTV』を経営するザック・ホルマン。25人のストリンガーを抱える親方でもある。警察官や消防士と上手くやれているので情報を一部提供してもらえるのも、ひとえに彼のストリンガーとしての高潔さと人となりによるものだ。彼の言葉によれば、ストリンガーという商売は警察官、消防、軍人のような人を助ける職業を志しながらも、夢破れた人間が流れつくものだという。彼もかつて警察官を目指していたのだ。彼曰く、悲惨な事件事故よりも感動猫動画を撮りたいが『そんなの誰も見ないでしょ』。いずれにせよ、ナイトクローラーの主人公・ルイスとは正反対である。わざわざルイスのようなグレーな行為にストリンガー自らが手を染めなくとも、ザック流に誠実にやれば会社は大きくなるのだ。だが、裏では彼が同業者の悪評を流している疑惑も……!?
Loudlabsのスコット・レーンはストリンガー歴17年のベテランだが、攻撃的かつ道徳的に危うい。映画『ナイトクローラー』に技術指導したレイシェブルックを『よォ、ナイトクローラー♪』とからかったそうだが、むしろ彼こそが『ナイトクローラー』のルイスのモデルでは?と思えてしまう。だが、彼にも倫理はあり、撮影のために事故現場で死体を動かしはしない。しかし『セット売り』なる手法でテレビ局にショボい映像を安くまとめ売りすることで業界の単価を下げ、レイシェブルックから顰蹙を買う。またストリンガーが現場で警察官や消防士のように人助けをすることには否定的で、それ故に人道主義的なザックを『消防士気取り』と露骨に個人攻撃することもある。実はザックとはかつての同僚で過去に因縁があるのだ。ザックが自分の悪評を現場で警官らに流しているのではないかとスコットは疑っている。
ショット・イン・ザ・ダークはリアリティ番組
当記事では当初、この作品を「ドキュメンタリー作品」としていたが、Netflixによれば「ジャンル. リアリティ番組」となっているので、訂正させていただいた。日本では「テラスハウス」に見られるように「リアリティ番組」はときに議論を巻き起こす。
本作は交通ルールを無視して事件事故現場に一目散に駆けつける道徳破綻者(スコット)もいれば、被害者や負傷者の救護が必要であれば、惜しまず手を差し伸べることを信条とする者(ザック)、突然のハイウェイの事故にカメラではなく消火器を片手に車を飛び出し、燃え盛る車の中から乗員を救助するもPTSDとなり引退する者(オースティン・レイシェブルック)もおり、それぞれのストリンガーのリアルな日常を追った番組だ。
しかし、リアリティ番組には演技・台本・やらせのある「リアリティ風番組」も含まれる。この作品を見ていると、映画のように美しい夜のロスの街並みと凄惨な事件事故、路上に横たわる動かぬ人、彼らストリンガーの交通違反、被害者に対する言動……。のめり込むうちに、どこまでが事実で演出なのか一瞬奇妙な感覚に陥り、見る者の心のモラルに問いかける。そこが狙いなのだろう。
とくにスコットのキャラクター性と3人の不和などはいかにも台本的演出に思えるのは、これがリアリティ風番組だからであろうか。
しかし、オースティン・レイシェブルックが人命救助したフリーウェイでの事故は実際に起きたもので、作品内で使われているのはその実際の映像だ。彼が救助の功績で警察に表彰されているのも事実だ。少なくともここにやらせはないだろう。
ウーバーなどと兼業しながらスクープを狙っているストリンガーも多く、過当競争でストリンガー一本で食っていくのは難しいのが現実だ。しかし、少なくとも上述の3人は本職で、彼らは道徳的にグレーなストリンガーという商売で今日もカメラを手に毎晩、ネタを追い求めている。
ストリンガーと警察無線
ナイトクローラーがそうであるように、同作を技術監修した本職ストリンガーに密着する本作でもストリンガーを語る上で警察無線や消防無線といった公共機関の緊急無線傍受ははずせないだろう。
警察無線はおそらく、取材においては最高に信頼性の高いニュースソースだ。そしてアメリカではほとんどの地域で警察無線は暗号化されておらず、市販の機器で技術的にも法的にも傍受が可能であることが彼らの仕事を成り立たせている理由だ。スマホアプリでなら、日本からでも聴取できる。
ここが日本の警察無線と報道を取り巻く環境の違いなのだ。
ただ、ストリンガーは情報収集手段であれば使えるものは何でも使う。警察無線傍受は複数ある情報収集のうちの一つの手段に過ぎず、現在ではインターネット上の情報、とくに行政当局が提供する事件事故速報のアプリや、ツイッターなどのSNSなどの情報を絶え間なく監視し、情報ソースとしているのが実情で、警察無線のみに頼っているわけでもない。
ザック・ホルマンの会社『オンシーンTV』では、警察無線情報、SNS情報などを本社で専門に収集する通信担当スタッフも雇っている。通信担当がLAの各地域に今夜もナイトクローラーで散っているオンシーンTV所属の25人のストリンガーに適宜、無線で犯罪・事故情報を流すため、彼らは指示に従って効率的に現場へ向かうのだ。そう、彼らストリンガーもまた無線を利用して仲間との連携を図っている。携帯電話も使うが基本的に同報性に優れた無線が重宝される。
また、ストリンガーにとっては同業者からのタレこみ、情報提供も有益だ。自分が事件現場の近くにいない場合、その現場近くの同業者や仲間に情報を提供すると、うまく撮影できて映像が売れた場合、売り上げの何パーセントかのインセンティブが入るのだ。ストリンガーは一匹狼のイメージが強いが、実際には同業者と持ちつ持たれつのアフィリエイト関係が多いのである。決して『ナイトクローラー』のように同業者の取材車のブレーキを細工して蹴落としたりはしないだろう。
もっとも、ソースの信頼性とニュース速報の面から言えば、警察無線に軍配が上がる。警察にしてみれば、自分たちの通信を勝手に傍受して勝手に現場にやってくるナイトクローラーは目障り極まりないだろうが、警察無線の傍受無しにこの仕事は成り立たない。
『ナイトクローラー』の主人公の取材車ダッジ・チャレンジャーがそうであったように、彼らストリンガーの車には無線傍受のための専用機器スキャナーが備わっているが、一台や二台ではない。半固定型やハンディー型を含め、半ダース(6台)ほどのスキャナーがダッシュボードを埋め尽くしている。
昨日は #トランプ大統領 の車列、警護車両ワッチ。このスキャナーほぼ何でも聞ける。#警察無線 #ハイウェイパトロール #デジタル無線 #UNIDEN #受信機 pic.twitter.com/IqDEP01Sx0
— W7XBC (7M1XBC) (@W7XBC) September 16, 2020
このような無線傍受機器は日本では『広帯域受信機(レシーバー)』と呼ばれる。アメリカでは『スキャナー』と呼ばれ、警察無線、消防無線などの緊急無線を傍受するために使われる。
BCD436HPは日本国内でも買えるし、使おうと思えば使えるが、誰も日本警察の無線が解読できるなんて言ってはいない。繰り返すが、日本では警察無線のデジタル・コーデックを解読することは一般的には違法と考えられている。ただ、BCD436HPは警察無線の周波数など一瞬で判別してしまうクローズコール機能などを搭載しているため、日本でも一部で人気が高い。使い方はラジオライフ編集部が解説している。
アメリカの警察無線は多くがスクランブル化されていない交信であり、市販のスキャナーで第三者が傍受でき、傍受に違法性もない。”警察無線傍受の自由”はアメリカで普遍的な『知る権利』を主張するジャーナリストや識者によって勝ち取られたものであり、偶然天から降ってきた恵みでは決してない。
したがって、マスコミからの反発を避けたい警察機関はスクランブル化を渋っているが、すでに米国の一部でも日本と同様に警察無線がデジタル・スクランブル化した例もある。当然のように、ジャーナリストたちから批判され、出動指令のみはスクランブルをかけない対応を取る場合もある。その場合でもパトカーなど移動局側の応答は暗号化されているため、情報収集が難しくなった。
日本では30数年前、警察無線にデジタル・スクランブルによる暗号化が導入されたが、それを当時『知る権利の侵害』として批判したジャーナリストは果たしていたのだろうか。
今となってはわからない。警察無線など警察本部記者クラブのスピーカーでいつも流れているし、県警キャップ、サツ回りなど、記者と個人的に親しい警察官経由で豊富に手に入るのだから困りはしないのが日本の彼らの本音だろう。記者の使命感、気概も日米では格差があるのが現状だ。
日本の記者クラブにはフリーランス記者は加盟できない。したがって、”ナイトクローラー”のごとき事件事故スクープ映像専門カメラマンのような商売は、警察無線さらには消防無線も部外者が市販の受信機で傍受できない現状、上述の記者か警察関係者のコネや情報網がなければ我が国では成り立たないだろう。
せいぜい、日本の”ナイトクローラー”はこんな方法を使ってYouTuberにでもなるしかないのかもしれない。
ロサンゼルスではいくつものテレビ局が24時間いつでもニュース速報のネタを欲しがっており、過去には彼らテレビ局は通常、1動画ごとに150ドルほどで買い取っていた。価値のある映像だと一気に1000ドルに化けることもあるという。
しかし昨今、テレビ局の懐具合が芳しくなく、彼らから映像を買い渋るようになっているという。これには素人カメラマンの台頭も原因だ。
局の正規雇用カメラマンが帰ったあとは、夜を這う彼らフリーランスの独壇場となるが、まったくの素人に特ダネをかっさらわれてしまうことも当然ある。