日本で製造される車両は国内メーカーの自主規制により、時速180kmで作動するリミッター装置が搭載されているのはご承知のとおり。すなわち多くの国産車では時速180km以上は出せない仕組みだ。
ただし、日本へ外国車が輸入される際、リミッターを搭載したり、時速180kmに設定する義務はないため、外国メーカーの車両ではこの限りではない。
近年ではボルボ・カーズ(Volvo Cars)が2020年から自社で販売する車両すべてに180km/hリミッターをグローバル採用する動きがある。ボルボ・カーズによれば、その理由のひとつが「スピード中毒」といえる人物が少なからず存在するため、その措置だという。
実際スピード中毒と言えば、2018年にはアメリカ・クライスラー製のダッジ・チャレンジャーで中央道を時速235キロで走行した運転者が警視庁に検挙された事件が発生している。実に制限速度の時速135km超過という日本国内史上でも最悪の悪質さだ。
さて「スピード中毒」で自動車系メディアの愛読者でもある彼らを専門で相手にするのは、交通機動隊や高速道路交通警察隊といった取り締まり当局の各執行隊だ。彼らの運転技術の高さは今更説明するまでもないだろう。しかし問題は配備されるパトカーの性能である。
このような外国製の180kmリミッター制限のないクルマが速度違反をした場合、各執行隊配備の主流であるクラウン・アスリートは追いつけるのだろうか。
パトカーのリミッター搭載の有無を取り締まり当局がはっきりと文書などで明示した資料は見つけられないが、実際はどうなのか。すなわち、パトカーも一般車両同様、180kmのリミッターがかかっているのか否か、複数のソースから検証してみたい。
写真は栃木県警が2018年6月に日産栃木工場から寄贈された日産GT-R(R35型)のことを伝えるwebモーターマガジン公式サイトから引用したものだが、同メディアではパトカーのリミッターについて非常に興味深いポイントが紹介されている。
それによれば、GT-R贈呈式で記者がリミッターについて質問を行っているが、そのときに1992年に同県警へ寄贈されたホンダNSXの贈呈式を引き合いに出している。それによれば、当時、当局側からは“(NSXの)リミッターは解除してあります”とアナウンスメントされたというのだ。
なお、「スピードリミッターは解除されているのか?」と囲み取材時に聞いたところ、答えは「詳しいことは分かりません」(田中隊長)との答。
「1992年のNSXの贈呈式の時では、“解除してあります”とのアナウンスメントがあったと記憶していますが?」とたたみかけるも、「詳しいことはちょっと…」と困った表情。
当局者のNSXのリミッター解除発言が事実ならば、なんとも衝撃的だ。さらに、2012年10月1日に読売新聞の記事に見逃せない一文がある。
栃木県足利市のスーパー駐車場で9月29日に行われた交通安全イベント。子どもたちは、ホンダのスポーツカー「NSX」をパトカー仕様にした車体にくぎ付けになった。性能はそのまま引き継ぎ、最高時速は240キロ。全国でこの1台しかない。9月21日~30日の秋の交通安全運動期間中は、県内各地のイベントに引っ張りだこだった。
(2012年10月1日12時13分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121001-OYT1T00311.htm
もともと、ホンダのクルマの中でも、一般的な乗用車では180km/hのリミッターが作動するが、NSXは例外として“車両設定”によって解除可能となっているという(※出典 ベストカーウェブ)。
したがって、読売の記事にある『性能はそのまま引き継ぎ、最高時速は240キロ』という一文について、そのままの意味で捉えて問題ないだろう。つまり、栃木県警察ではNSXをパトカーとして配備させるにあたり、NSX本来の240キロの最大速度設定を引き継いだ状態で配備したというわけだ。
前述のwebモーターマガジン公式サイトの記事では、92年に配備された初代NSXでもリミッター解除の説明が警察当局からあったと言及しているので、初代に引き続いて二代目もリミッター解除で配備されたのであろう。
国産のみならず、外国製のハイパフォーマンスカーをも警察がパトカーとして配備する実例を当サイトでも紹介しているが、その導入には国費や県費での購入、そして寄贈された外国製車両といったものがある。なお、上記の栃木県警察のNSXは二代目で2000年に栃木県芳賀町に研究所がある縁で、ホンダから寄贈された車両だ。
そして次は、ある映画で役者が発した言葉の真実と、元・千葉県警警察官の専門家の証言をご紹介したい。
映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』におけるパトカーのリミッターに関するセリフ
映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』。前作で恋人のジゼルを失ったハン(Sung Kang)はジゼルとの約束を果たすため、傷心のまま日本の東京に活動の場を移し、組織暴力のドンを叔父に持つD.K.(ドリフトキング)ことタカシの片腕として、自身は自動車工場兼クラブを経営している。ハンがメカニック兼ドリフトレーサーとして東京でも名を知られようになったある日、アメリカからショーンという高校生が東京へやって来る。負けん気の強いショーンはD.K.からの挑発を受けてレース勝負となり、借りたハンの車に損害を与えてしまう。その弁償としてハンの仕事に否応なくつき合わされるショーンの初仕事は、銭湯で入浴中の力士(KONISHIKI)からのツケの回収。巨漢の力士に投げられて宙を2回舞いつつも回収に成功したショーンは、ハンの信任を得ることに成功。そしてハンに見出されたショーンはドリフト技術を仕込まれていく。ショーンを育てるハンの目的と秘密とは……。
同作品の劇中、ハンのクルマを運転中のショーンは警視庁高速隊のパトカー(クラウン)が視界に入り、一瞬怖気づいてアクセルを緩める。高速隊員はパトカーの車内でスピードガン(!)を使ってショーンの車を計測しているが、表示された速度は約190キロと大幅な速度超過だ。
しかし、バックミラーに映るパトカーは追ってくる素振りを見せず、困惑するショーン。そして助手席に座るハンは以下のように答えている。
『日本の(パトカー)はリミッターつきだからな。180以上は捕まえられね。追いもしねぇよ』
典拠元 映画『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』吹き替え版
同じシーンの字幕版では以下のように字幕がつく。
パトカーは既成のチューンであり、180キロ以上は追いつけない、とのハンの説明はすなわち、日本のパトカーは国内メーカー製の一般車両同様に業界団体の自主規制である180キロのリミッターつきと言いたいのだろう。
web上でもハンのこのセリフについて言及する人の書き込みが多く、アメリカ本国のナレッジコミュニティ(アメリカ版ヤフー知恵袋)でも同作を引き合いに出し、日本の警察車両は本当に180キロ以上出せないのかという質問がいくつか投稿されている。
では日本のパトカーは180キロ以上の違反車両には追いつけないという映画の中のセリフを果たして鵜呑みにしてもいいのだろうか。
ハンの説明を裏付けるソースがある。元・千葉県警の交通警察官で、交通事故調査解析事務所代表の熊谷宗徳氏のコメントだ。
パトカーは時速180km以上出ないようになっているんです。それ以上のスピードを出している車に対しては諦めるしかない。ナンバーを覚えておいて、事後捜査するというかたちになります
この熊谷宗徳氏のコメントは、当記事の冒頭でも紹介した中央道で時速235キロもの速度を出し、道路交通法違反(速度超過)で逮捕された会社員の事件に言及したものだ。
熊谷氏によれば、そもそもパトカーであっても180キロ以上は出ないのだ。そのうえでパトカーで追えないほどの猛速度なら、自動速度違反取締装置いわゆるオービスなどを活用し、ナンバーなどの証拠を揃えるなどの事後捜査による検挙が日本警察の手法であると説明する。
さて、前述の栃木県警が2018年6月に日産栃木工場から寄贈された日産GT-R(R35型)のリミッターの件だが、webモーターマガジン公式サイトの同記事の記者は県警高速隊の田中隊長に対して『リミッターは解除されているのか』と尋ねたところ、田中隊長は「詳しいことは分かりません」とお茶を濁す。
それでも食い下がる記者に対し、田中隊長は『マッハ2ということにしておいてください……』と、なぜか2回、回答したという。これにはハンも困惑か……。
パトカーのリミッター解除は事実か?まとめ
このように元警察官の証言によれば、パトカーは180キロリミッターが作動するとしている一方、一部報道によれば、例外として栃木県警察のNSXのように、車種本来の性能を引き継いだ状態でパトカーとして配備される場合もあるということを複数のソースを明示して検証を行ったが、どう判断するかは読者しだいだ。
すなわち、日本のパトカーのリミッターは180キロで作動するのか否か、一概には判断が出来ないことがわかった。
結論を言えば、一般的な国内市販車ベースのパトカーでは180キロリミッターで、ハイパフォーマンスカーかつリミッター制限が解除可能な車種であれば、その限りではないということだろう。また、外国車両のパトカーの場合も、リミッターがかかっていない可能性もあるので、イレギュラーな例は他にもありそうだ。