目次
『ラジオライフ』はかつてのグリコ森永事件の報道合戦のさなか、一部マスコミにより”無線機を改造して警察無線を妨害する方法を指南している雑誌”と書き立てられ、それについて「事実と異なる」として激怒、反論したという事実経緯をまとめる。
お伝えしているように、警察無線はアナログからデジタルへと変遷をたどってきた。そして、その歴史は傍受する無線マニア、そして妨害する過激派との戦いの歴史と言っても過言ではない。
当時、この妨害行為にはアマチュア無線機の送信改造という手法が広く用いられた。これは、アマチュア無線用として許可された帯域以外で電波を送信させる不正な改造である。
アマチュア無線が使うVHF帯の周波数には警察やその他の官庁が使う”官波”の帯域があるため、このような改造は比較的容易だった。
警察装備や警察無線の通信系統などを詳しく紹介した専門誌「ラジオライフ」でも、無線機の改造方法はたくさん掲載されていたのは事実である。
当時のラジオライフが『無線機を改造して警察無線を妨害する方法を指南している雑誌』だったのは事実か?
しかし、誤解してはならない。同誌が過去、別冊『改造マニュアル』などにおいて取り上げた記事は『送信改造』ではなく『受信改造』である。
同誌編集部によれば、ラジオライフの編集方針は『妨害を絶対許さない』というスタンス。事実、同誌やその別冊が「警察無線を妨害するための送信改造法」を掲載したり、推奨したことはない。
ところが、そのスタンスとは裏腹に世間の受け止め方は違ったようだ。
1984年、おりしもグリコ森永事件が発生したことに絡み、一部のマスコミによってラジオライフ誌が『無線機を改造して警察無線を妨害する方法を指南している雑誌』と露骨に書き立てられたのだ。
それに対して同誌編集部が反応した記事が以下である。
ラジオライフ編集部、怒りの反論
これら一部マスコミによる偏見的な報道に対し、それまで『的外れな批判』には沈黙を守ってきた同誌編集部もさすがに激怒。
そして、はじめて明確な抗議の声を挙げたのが同誌1984年12月号『THE・妨害 警察無線編』という特集記事である。
そもそもラジオライフは電波と無線通信、アマチュア無線機や広帯域受信機の性能などを探究してきた純粋な技術系の雑誌。
美人女性警察官/女性自衛官(公ギャル)、それに覆面パトカー(モドキ含む)の投稿写真を毎号載せていたことを除けば、『CQ ham radio』などアマチュア無線愛好家向け雑誌と特段代わらず、電子工作技術に興味を持つ層から幅広い支持を得た、れっきとした技術系専門誌である。
事実、ラジオライフ編集部の掲載したアマチュア無線機の改造指南は電波法に反しない『受信改造』のみであり、誰にも迷惑がかからない合法的ワッチの手法のみ。
ときには法律面からのアドバイスとして、弁護士へのインタビューで警察無線傍受における電波法の解釈をわかりやすく読者に解説した。読者は電波法を守る限り、警察無線を初めとする無線通信を自由に傍受していいと教え諭してきてもいる。
だからこそ、同誌編集部は一部マスコミによる偏見的な報道が余計に腹立たしかったであろうことは察するにあまりある。
『改造マニュアルは受信の本だ』
『送信の”そ”の字も載っていません』
『無知な記者はペンを握るな』
と、力強い行書体で各章の題を綴り、怒りを顕にしている。
受信改造と送信改造を取り巻く当時の様相
とはいえ、この『受信改造』と『送信改造』の問題は当時複雑な様相を見せていたのもまた事実。直接的な悪用の危険性がある送信改造をラジオライフが露骨にタブー扱いして避けていた一方で、じゃあそのタブーをウチの売りにしよう……と、ライバル誌が考えないはずはなかったのである。
その経緯と顛末について、詳しくはこちらのサイト様を参照していただきたい。
なんにせよ、頑なに守ってきたポリシーを一部マスコミに誤解され、面白おかしく書きたてられた当時のラジオライフ編集部の怒りは、相当なものだったに違いない。
まとめ
専門誌「ラジオライフ」に降りかかったマスコミによる”不当な弾圧”騒動。いかがだったであろうか。
グリコ森永事件の報道合戦のさなか、無理解な一部マスコミにより色眼鏡で見られたラジオライフは『無線機を改造して警察無線を妨害する方法を指南している雑誌』と書き立てられ、それについて「事実と異なる」として激怒、反論したのである。
筆者としても同誌のスタンスと反論の主旨には共感している。取材対象である警察への深い探究心と愛、それだけで長年刊行されてきたラジオライフだと願いたい。
今でこそ、パトカーにカメラを向けると「ツイッターに上げないでくださいねー(怒)」とPに叱られるのが一般的だが、当事は「おい!ラジオライフに送るんじゃねーぞ!(激怒)」という声が返ってきたという。ブフォ(笑)
ラジオライフもその読者も警察は公共の敵と見なしていたのだ(ただし、現職警察官個人の愛読者も多数いたようである!?)。
このようなマニア雑誌を当事のマスコミも同じく、白い目で見ていたのだろう。
一つの物事を深く探求するマニアが「オタ」として市民権を得た(!?)現在とはいえ、その対象が『警察』である限り、今もおそらくは代わり映えしないのかもしれない。