警察無線の系統 その1『車載通信系(基幹系)』

日本警察の無線通信は独立した複数の系統による情報統制が行われている。

このうち、本項で解説する車載通信系(基幹系)は警察無線の系統のうち、都道府県警察本部ごとの通信指令室を中心に、110番入電による臨場指令を警ら用無線自動車、白バイ、航空隊のヘリ、警察用舟艇などの移動体および各所轄署の通信室へ伝達するために使用されるVHF帯域の移動体通信システムである。

移動体であれば、基幹系無線機はパトカー以外にも警察用船艇や同航空機にも搭載される。

通信相手はもっぱら、陸上移動体であるパトカー(警ら用無線自動車)であることから、車載通信系と呼ばれるほか、各都道府県内をそれぞれ、ほぼ全域カバーできる警察活動の要となる重要な通信系統であるため、基幹系や主幹系とも呼ばれる。そう、これこそが基本的な『パトカー無線』である。

車載通信系は当時のアナログ警察無線のなかで真っ先にデジタル化された。

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車載通信系は原則として、それぞれの都道府県警察ごとに独立運用されているが、必要に応じて全国の警察本部とのリンクが可能。実は交番勤務のチャリンコ警察官も車載通信系を『受令機』で常に聴取している。

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パトカー乗務の警察官に車載通信系無線で指令が下される

パトカー勤務員は車載通信系を常に聴取し、通信司令室からの指揮命令を受けている。

また、パトカー勤務員側も管内の異変および警戒情報等を本部側へ逐一報告し、特に一刻を争う急事態発生時など、急を要する通話が必要な際には他局が送受信中の普通通話を中断させ、優先的に送受を行える『至急報』にて、連絡を行う。

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指令を受けて臨場したパトカー勤務員は到着時刻および、事件事故等の発生日時、場所、事案概要、応援の要否を車載系で報告する。

無線交信は通話コードの適切な使用に努め、明瞭簡潔に交信を行わなければならない。

母屋のほか、同一方面本部内のほかの移動局も聴取しているため、夫婦の痴話喧嘩の詳細な通報内容も管内すべてのパトカー勤務員が聴取する。

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近年、警視庁により公開された地下鉄サリン事件発生直後の無線交信では、指令台勤務員による冷静かつ的確な捌き方を聴取することができる。

これら通信指令室勤務員にも技術を競う競技大会があり、外勤警察官同様に士気向上を目的として積極的に顕彰するように警察庁が方針を定めている。

車載通信系は山がけ通信方式

警ら用無線自動車が本部との交信で使う基幹系周波数は飛びの良いVHF帯であり、警察車両はそれほど長いアンテナを必要としない。

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さらに車載通信系では山がけ通信方式とも呼ばれるレピーター方式の運用が取られている。レピーター方式は山頂、あるいは高層ビルなど高い場所に無人の中継施設やアンテナを設置(警視庁では都庁ビルや八王子市内の山の山頂に他省庁の無線局と併設で中継局を配置)して、通信指令室から送られる無線電波の周波数を変え、さらに送信出力を強くして各所、各車両へ中継、再送する仕組み。

当然、パトカーなど移動体側からの電波も中継局を介している。この中継局同士を450MHz帯域で繋ぐ専用回線が『デジタル補助中継回線』だ。

無線局からレピーター局(中継局)に向けて送信される打ち上げ回線をアップリンクと呼び、レピータ局(中継局)から各局に送信される電波をダウンリンクと呼ぶ。

このような方式は民間の無線でも行われているが、高所から発射される警察無線の電波は管内くまなく飛び、パトカーの車載無線機にメリット5で入感するため、一般的な業務無線に比べると不感地帯は少ないという。

山頂などへ設置された警察の無線設備は妨害工作を防ぐために場所等が公にはならず、警察の施設を示す表記もないが、中継局施設には異様な数の監視カメラが設置され、警戒は厳である。

かつては警察の中継局に限らず、テレビ放送の山頂中継局なども施設の保守管理が遠隔で行えなかったため、有人運用されていた。

なお、有人運用されていた1950年代当時の警察無線における周波数は30MHz帯を使用していた(出典・総務省公式webサイト)。

車載通信系の中に地域や部署ごとの系統がある

この車載通信系(基幹系)の中には、さらに地域や部署ごとの系統にカテゴライズされている。とくに高速道路は通常の警察の管轄とは異なるため、普段から管理室をおき『高速系』を使って近隣の警察本部との緊密な連携が行われている。また『広域共通系』では、とくに県を跨いで被疑者が逃走する広域犯罪に対処するために隣接する各県警で運用されている。

県内系

単に県内系と言った場合は以下の地域系、共通系、例外的な方面系を含めた総称である。

地域系

例として福島1系や神奈川5系などと呼称される系統で、県下の所轄署をそれぞれのエリアごとにグループ分けした系統である。地域系は都道府県の規模の大きさによって異なる。例えば県域の小さい小規模県警では、態々複数に地域を分けずとも、県下全域を1系に統一するだけで効率よく指揮命令が捌ける。ところが県域の中規模、大規模な県警になると、1系だけでは混乱なく通信を捌ききれない。そこでエリア別に所轄をひとまとめにして、1系、2系と分けるのである。静岡県警のように数字ではなく『東部系』などと呼称される場合もあるが、基本的に地域系はそれぞれの地域ごとの所轄署をエリア別にグループ分けしたものであり、基幹系の中の中核となるのは同様である。そして、地域系の司令塔が警察本部に設置された通信指令室。110番の説明ページでも解説しているが、110番通報の内容は通信指令室の受理台から指令台に伝えられ、指令台勤務員が無線や有線で管内各所轄や移動局、つまりパトカーなどに指令を下す。VHF帯域の特性ゆえに、アナログ時代には電離層の特殊な状態、いわゆるEスポにより、同じ周波数で運用されている数千キロ先の他県警の交信と混信することもあり、混信注意の喚起が行われた。なお、デジタル化後も万が一の非常事態のために残された旧アナログFM系周波数、その名も『F系』があった。このF系を通常のUHF帯域を使う署活系では支障がある山間地や郡部の所轄署用の署活系無線に転用したのが『広域署活系』である。

方面系

面積が広大な北海道、それに日本の首都たる東京では『方面本部』を置いている(大阪、神奈川なども方面本部が置かれるが、無線の運用については多くの県警と同様に1系、2系スタイル)。警視庁では1方面、2方面などが他の県警の1系、2系に該当する。警視庁は現在、10方面本部まである。一方、北海道警察では『札幌方面(※札幌方面のみは道警本部が直接担うので札幌方面”本部”はない)』や『釧路方面本部』など地域名となっており、各方面の下に1系、2系を置く。道警を例にすると『札幌方面1系』とは滝川警察署を北端として主に道央空知の各所轄署、南は苫小牧署、西は小樽署、余市署、岩内署まで20署を1エリア(さらに交通機動隊や高速隊、航空隊も含まれる)に括った系統。『札幌方面2系』は(札幌)中央署、西署、南署、豊平署とグループ分けした系統で、一番忙しい。とはいえ、通信内容や運用自体は他県警の地域系とほぼ同じである。

共通系

これは都道府県内の管内すべての地域が相互で交信できるようにするための系統である。たとえば、被疑者が札幌方面1系から2系の管轄内に逃走したと思慮される場合は、管轄地域ごとに閉じた1系や2系ではなく、地域を飛び越えた『共通系』を使って、すぐに本部所属の遊撃捜査部隊としての役割を果たす機動捜査隊や自動車警ら隊など広く多方面にマルヒの手配を指示する。そのため、管轄を跨ぐ広域事案や大規模災害が発生すれば使用が増えるが、普段はあまり使われない。警視庁の場合は共通系の中にも1から5まで複数の系統がある。

広域通信系

交通手段が発達した現代では犯罪も広域化、スピード化しており、隣接する警察本部どうしの迅速な連携が不可欠だ。そこで近隣の都道府県警同士が連絡を取り合うために使われるのが『広域通信系』である。先にあげた都道府県警察本部ごとで閉じられた県内系だけでは対応できない、隣県を跨ぐ広域事件が起きれば、県警ごとの県内系を飛び越えた広域通信系にて、近接する警察本部同士の連絡体制が取られるというわけである。広域通信系は主に以下の二つに分類されるだろう。

広域共通系

重大事件の被疑者が県を跨いで逃走する事案は少なくない。このような都道府県間にまたがる大事件や犯人の護送などに使用されるのが広域共通系である。先に挙げた県内系のなかの共通系を隣接県警共通レベルに広げたものと考えるとよいだろう。だから広域共通系なのだ。ただ共通と言っても、全国共通の同じ周波数ではなく、首都圏や、近畿、東北など、地区ごとに別。 こちらも前述した県内系のなかの共通系と同様、重大事案発生時以外はあまり使用頻度は多くなく、他の県警から応援の人員が集まるようなサミット等大規模警備、大規模災害時などで周波数が不足気味になると投入されるリザーブ的な扱いをされているようだ。

高速系

被疑者に高速道路利用での逃走を許せば、僅かな時間で長距離を移動させてしまう。高速道路を管轄するのは高速隊だが、高速道路は下道と違い、多くの隣接県にまたがることから、県境と高速道路上の警察の管轄は別となる。また、各県で周波数が違うと連携が取りにくくなるため、各高速道路ごとや高速道路管理室ごとに『高速系』が割り当てられている。高速道路上での警察活動は通常の警察の管轄に拠らない特別な管轄制度をとり、各管区警察局の「高速道路管理室(通称・管理室)」が高速隊を統率している。そして管理室は『高速系」という専用系統を使った無線連絡などを以って、隣接する警察本部や高速道路事業者との連絡調整を行っているわけ。管轄の話だが、高速道路では神奈川県警が警視庁の管轄で取締りを行うことも普通だ。中には、このような複雑な高速道での警察の取り締まりを知ってか知らでか、通常の一般道のように県ごとの管轄と考えているのか「神奈川県警のパトカーに都内の高速で切符を切られたのですが、管轄ではないのでこれって越権行為で無効ですよね?」などと言うドライバーもいたという。なお、高速隊にはトンネル帯の連絡用に800MHzの周波数も割り当てられていた。

専務系

県内系や広域通信系が地域によるグループ分けなら、専務系は交通や捜査といった各部署(専務)ごとに区切られた通信系統だ。おなじみの機動捜査隊が使う系統が、捜査専務系無線である。

機動捜査隊が使用する捜査専務系無線とは?

ただし、専務系が運用されているのは警視庁、大阪、愛知など大都市圏の警察本部のみに限られ、他の県警では交通も捜査も地域系の中で運用されている。もっとも、現在では個別の事件情報の共有はPSDと呼ばれる公用携帯電話を用いる場合もある。

地域警察官向けの『地域警察デジタル無線システム』を活用した初動警察活動

車載通信系(基幹系)のまとめ

このように車載通信系とは警察の移動体通信の根幹であり、基幹系とも呼ばれ、母屋とパトを繋ぐ無線だ。一方で、所轄署に所属する多くの地域警察官が署外活動で普段使用しているのが、署活系無線だ。

次ページでは地域警察官が署外活動中、相互に交信したり、本署と交信する場合や、車載無線機を搭載しない小型警ら車(ミニパト)などの場合に使用する署活系無線を取り上げる。

警察無線の系統 その2『署活系』