アメリカ警察特集コラム第4回『なぜアメリカの警官たちはトンファーを捨てたのか』

バナー画像の出典 https://www.police1.com/police-history/articles/history-and-use-of-the-billy-club-lCrwpOflpDTkHY2B/

ドーナツもそうだが、アメリカの警官はいつも、トンファーをくるくるさせているイメージがある。いや、正確にはかつてあった、と言うべきか。

だが、アメリカのポリスのアイコンであったそのトンファーは、今や全米の警官の間で数を減らしているようだ。

トンファーとは警棒に取っ手を付けたようなもので、かつての琉球古武道発祥の武具だが、ハリウッド映画でもポピュラーな打撃系の武器だ。日本では制服警察官の使う警棒は伸縮式タイプなので、使うたびに伸ばさなければならないが、トンファーは即座に使用できるのが強みだ。

警察官の特殊警棒が2倍も太くなった理由とは?

 

米国警察では警棒をBaton(バトン)と呼び、トンファーのように取っ手のついた警棒の場合はサイドハンドルバトンと呼ぶ。警察用として最も成功したサイドハンドルバトンはMonadnock PR-24だろう。その凛々しい腰のトンファーは胸のバッジと同様、正義の象徴だ。

ロス市警のオフィサーたち。(写真:Chris Yarzab)

もともと、彼ら米国の警官は木製のストレート警棒を使っていた。木製警棒は交通の指示なども出来るように一部白く塗られていた。また遠く離れた警官同士で手旗信号のように合図を送る際にも使われた。

警備中のロサンゼルス市警察機動隊の対ライオット装備。ストレートバトンを使っている。ストレートタイプはボルチモア、デンバー、サクラメント、ロングビーチ、サンタアナ、フィラデルフィアのような米国の主要な警察によって絶賛配備中だ。Photo by Jonathan McIntosh

凛々しく、ときに権力の象徴として市民を威圧する警官たちのトンファー。しかし、トンファーがただちに威圧的で攻撃的な武器かどうかは議論が分かれそうだ。むしろ殴りつけることが主要な目的のストレート警棒より、防御的なスタンスにも用いられるトンファーは穏やかなイメージを市民に与えているかもしれない。

ただ、警官がトンファーを使って被疑者をいためつける姿は当時からよく報道されてきた。多くの場合、黒人が白人警官に痛めつけられてきたのだ。その最たる例で、アメリカの警官とトンファーを語る上で欠かせないのが、1991年に発生したロドニー・キング事件だ。

ロス暴動の一因にもなったこの事件は黒人男性のロドニー・キング氏が車を運転中に速度違反を犯し、警察から停車を求められたにもかかわらず逃走したため、複数の警官らからトンファーで殴打されて重症を負ったものだ。この様子を市民がビデオで撮影し、それをメディアが報道したことで多くの市民がロス市警当局へ抗議を行った。

ところが、裁判で警官らが無罪となったことや、ロドニー氏暴行事件の直後に韓国人商店経営者による黒人少女加害事件が発生したことなど複数の要因が重なった結果、ロス市内で黒人たちが一斉に大暴動を起こすに至った。ロス市警の警官や庁舎が暴徒に狙われただけでなく、前述した韓国系商店街も襲われ焼き討ちに遭った。

ロス市警の警官たちはトンファーを手に鎮圧に当たったが、警官だけでは手に負えず、ロサンゼルス市は非常事態を宣言。陸軍兵士など4000人が投入されて鎮圧にあたったが、犠牲者の数は53人、建物の損壊は1000件を超えるなどアメリカの歴史に残る深刻な暴動となった。

あのロス暴動からまもなく30年になるが、当時のパトロール警官が腰に下げていたトンファーは、現在多くの州の警察で見る機会が少なくなっており、もはや過去の装備品になっているのが実情だ。

試しに全米警察でも大所帯のニューヨーク市警のパトロール・オフィサーたちを見てみよう。日本で言うところの地域警察官だ。彼らNYPDの警官の腰周りはめっきりスマートになってしまっている。もう彼らは普段誰も腰に、あの使い込まれたごつくて黒光りするサイドハンドルのトンファーなど下げてはいないではないか。なんとロス暴動を引き起こした原因を作ったロス市警のオフィサーたちでさえもだ。

私たち日本人がアメリカの警官たちをイメージする際、真っ先に頭に浮かばせていた『トンファーのハンドルくるくるドーナツ警官』は大きな警察の一般的なオフィサーでは、すでに遠い過去のものになっていたのである。

現代のアメリカのパトロールオフィサーたちは、通常のパトロールではみなサイドハンドルのない木製警棒、モナドノックのポリカーボネート製ストレートバトンや、ASP社製の伸縮式特殊警棒を腰に下げていることが大半だ。

現代警察バトン(警棒)の簡単な歴史と題されたページをご紹介しよう。
https://www.policeone.com/police-products/less-lethal/batons/articles/244481006-A-brief-history-of-modern-police-batons/

ただし、特殊警棒のページでも言及したが、場合によっては伸縮式警棒特有のアクションが市民に無用な威圧感を与えることもある。ショットガンの薬室に弾丸を装填する『ポンプアクション』と同じく、伸縮式警棒を伸ばすことは攻撃の宣告でもあるのだ。

また、米国警察のトンファーを語るときに避けられないのが、マグライトだ。かつてのアメリカの警官はやたら長い懐中電灯を携行していた。これはアメリカ製のマグライトと呼ばれるものだが、ストレート警棒の代用品にもなった。

さらにマグライト本体にサイドハンドル・パーツを取り付けることで、簡易的なトンファーとして代用できるため、警官やセキュリティに愛用された。

実は前述したロス市警の警官らによるロドニー・キング氏への暴行事件ではトンファーだけでなく、マグライトも使用されていた。全米警察のうち、ロス市警でもこれまで全長の長いマグライトを警官に支給していたが、マグライトも例のロス暴動ではトンファーとともに被疑者への殴打に使われた。

そのほかの市警察でも、被疑者を警官が過剰に加害する例が多発し、訴訟事案が多く起きている。

ロス市警当局では警官によるこのような過剰制圧防止のため、現在では殴れないようにペリカン製の小型LEDライトに更新し「金属製懐中電灯」の携行および使用は許可のない限り、認めていない。

ただし、デモの鎮圧に当たる対ライオット装備の場合、ロス市警では2016年時点でもトンファーを下げており、完全撤廃には至ってない模様だ。

アメリカ警察特集コラム第2回『安全な法執行器具も配備されている』

銃器に比べれば、まだ『人道的』と言えそうな警官たちの警棒(BATON)だが、現代ではコショウスプレーやテイザーなど、致命的とならない、より安全な法執行器具が普及している。ただし、これまでどおり、アメリカの警察では銃の使用自体に躊躇はない。それについてはコラム第2回で言及した。

こうして禁止令や、安全な法執行器具、そして伸縮式警棒の普及によって、かつての警官たちの象徴であったトンファーは姿を消し始めているのが現代アメリカ警察の実情だ。

アメリカ警察特集コラム第5回 『アメリカの警官の給料は高いか』