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米国の法執行機関は州警察や市警察、シェリフといったローカル機関だけではない。全州にわたって法執行を可能とした連邦政府機関がそれぞれの機関の権限において設立されている。
FBI 連邦捜査局
全州にわたって一般的な犯罪捜査を行うことが許されている司法省の連邦捜査機関
知名度ナンバーワンの法執行機関。全米のみならず、世界中に名をとどろかせるFBIは州を跨ぐ武装強盗から連邦政府職員への犯罪捜査、国家的テロ事件捜査、防諜まで行う。所属する職員は特別捜査官や技術職員などを含めると約3万人。
捜査官に支給されるけん銃は2016年から9ミリのグロックが貸与されている。また、人質救出を任務とするFBIの特殊部隊HRT(ホステージ・レスキュー・チーム)では、グロックなどの9ミリ口径を使用する一方で、M1911ガバメントモデルを使用。
あるとき、米国のFBI長官だったウィリアム・H.ウェブスターはアメリカ陸軍の特殊部隊「デルタフォース」の公開訓練を見学した。室内へMP5短機関銃を乱射しながら突入するデルタフォース。彼らの装備と技術は言うまでもなく一流だった。だが、ウェブスター長官は「ある一つの装備」がないことに首を傾げた。ウェブスター長官はデルタの指揮官に尋ねた。「キミたちは手錠を持たないのかね?」 すると、デルタ指揮官は江戸っ子口調で麻生みたいに口をへの字に尖らせてこう答えた。「長官殿、屍に”権利”を聞かせるってぇんですか?我々の”手錠”はコレです(指で引き金をクイっと引く動作をしながら)」 つまり軍隊にとっては目標は排除することが前提であり、生きたまま拘束、すなわち逮捕して裁判にかける使命を帯びた警官や法執行官とは考え方がまるで異なっていたのだ。
その後、1982年になりFBIにもHRTと呼ばれるホステージ・レスキュー専門の特殊部隊が編成されたが、言うまでもなく手錠を装備している。日本警察のSATもまた、装備品に手錠の用意を忘れてはいない。なぜなら彼らもまた警官だからだ。
連邦保安官局 US マーシャル
司法制度の保護と脱走犯の追跡を担う法執行官
USマーシャル(連邦保安官および連邦保安官局)はアメリカ最古の連邦捜査機関だ。設立はFBIよりも連邦保安官のほうがずっと早く、200年以上もの歴史を持つ。
FBI同様、アメリカ全州にわたって法執行ができ、FBIと競合することも多く、任務の内容も類似しているが、裁判所での警備や、被告の監視と証人の保護、逃亡犯の追跡捜査、テロリストの監視まで多様な犯罪に対応する。
連邦保安官を主題にした作品 『逃亡者』では “逃亡犯”のギンブルを演じるハリソンフォードを追跡するのがトミーリージョーンズ扮する連邦保安官(補)サミュエル・ジェラード。グロックを過度に神格化し、二丁けん銃で装備するなど見どころが多い。もともと、この作品はアメリカの同名ドラマ(1963年)をリメイクしたもので、ドラマ版ではサミュエルが地元警察の警官に過ぎなかったのに対し、映画では連邦保安官に変更されている。その理由は州警察所属の警部では、他の州での法執行の権限がないため。
DEA 麻薬取締局
アメリカ全州で麻薬取締に関する法執行を任務とする機関
連邦法執行官として銃の所持も許されているが、当然ながらドラッグの取り締まりを推進する官庁であるため、薬物経験者は採用しない。FBIではドラッグ使用者でも柔軟に採用しているので対称的だ。日本では厚生労働省に所属する麻薬取締官が相当するが、人員規模は全く異なり、特殊部隊も保有しており、比べ物にならない。
ATF 酒・タバコ・火器等取締局
Bureau of Alcohol, Tobacco and Firearms
アメリカ財務省が独自に持つ連邦法執行機関。エージェントは酒、煙草、銃器に関する課税を主な任務としており、脱税行為(密造、密売、不法所持等)の捜査では武器の使用や逮捕権などを持つ。大統領の警護を行うことで有名なシークレットサービス(SS)はもともと、ATFと同じく財務省に所属していたが、SSは911テロ以降、国土安全保障省に所属が変更されている。フィクション作品ではFBIや連邦保安官よりも映画などで登場回数が少なく、日本ではマイナーか。
テキサス・レンジャー テキサス州公安局DPS所属のオフィサー
テキサスに根付く文化としての法執行官
野球チームではない。日本では聞きなれない法執行官だが、200年以上という古い歴史を持つ法執行組織だ。名前のとおり、テキサス州独自の法執行官で、もともとは国境警備と治安維持に就いていた民兵組織から発達した。現在も警官と同等の権限と銃の所持が認められており、100名ほどのレンジャーがテキサス州公安局に所属し、テキサスの治安維持に警察とともに貢献するが、名誉職の色合いが強い。
カウンティ・シェリフ(郡保安官)
郡の治安を維持する法執行官
西部劇でお馴染みの保安官だが、今もアメリカには郡内の治安維持を行うために、警官と別の法執行官として保安官(シェリフ)がおり、全州で3500もの保安官事務所または局がある。小さな町では当然、事務所の規模も小さく数名程度だが、“全米一広域な管轄の保安官事務所”として世界的にも有名なカリフォルニア州・ロサンゼルス郡保安局は実に1万人もの保安官を擁する大所帯だ。一方、市が行政区画として独立している場合は独自の市警察が置かれている。
多くのシェリフは選挙で選ばれるのが特徴だが、この郡保安官と警官の対立と確執を描いた映画作品にスタローン主演の「コップランド」がある。同作での警官たちは、どうせ住むなら自分たちの普段守る街に住めばいいのに、自分たちが守る街ではなく、管轄外で川向こうの静かでのどかな郡の街に大勢で住んでいる。そして、郡の治安を担当するのは警察ではなく郡保安官事務所(カウンティ・シェリフ)。そんな警官ばかりが住む静かで安全な街を人々は皮肉をこめて『コップランド』と呼ぶ。スタローン演ずる郡の保安官は警官になりたいという希望を持ちながらも、身体障がいがあるため採用試験に受からず、交通違反切符を切っては酒とピンボールでくすぶる毎日。そんな中、平和なはずのコップランドで事件が起きる。
なお、ブルース・ウイリス主演の別作品『スリーリバーズ』となぜか似ているのは持ち込まれた脚本に原因があるのだろうか。
他にもさまざまな法執行機関がある
連邦政府や各州、郡の法執行機関といえば、上に挙げた機関とその法執行官が主なものだが、ほかにも「コンスタブル」という日本語では定訳が存在しない警官と同等の法執行官もいる。さらには、一般の団体、例えば動物虐待防止のための公益団体に限定的な警察権が与えられ、事実上の”動物警察”が存在したり、国立公園、鉄道、郵便、消防、銀行、大学などや企業の中に警察がある。
もちろん、このような独自の警察はその組織が管轄する事件でしか法執行できず、郵便警察や動物警察が、援助交際を捜査したり逮捕することもできない。国立公園警察なども、あくまで施設や管理する区域内の治安維持と犯罪捜査が主な任務だ。ただし、その管轄内においてのみ、警官と同等の権限を持つ。
とにかく、日本の常識では考えられない警察組織がアメリカにはゴマンとあるわけだ。
CIAは捜査機関か?いいえ、とんでもない!
一方、映画でもおなじみのCIA(アメリカ中央情報局)だが、その位置づけはFBIやその他の捜査機関と異なり、あくまで諜報機関であり、情報の収集と分析、さらには情報操作、ときには暗殺などの非合法な破壊工作活動を行うことが任務とされている。
アメリカには「合衆国政府が自国民をスパイするのは違法だが、他国への諜報活動は合法」という正当性を主張するための道理・根拠があり、CIAはFBIや警察のような犯罪の捜査機関どころか、アメリカの安全保障と国益追求とあらば、ときには非合法な手段も辞さない機関なのである。ただし、対テロという共通目的でCIAとFBIは共同作戦を行うこともある。
ただ、当然ながら組織の概要や活動内容を公表しておらず、実態は不明。また、非正規の”契約エージェント”も世界中に多数いるという。中には日本の政治家や有名スター、アイドルグループ・メンバーもCIAの協力者になっていると言われている。そのような理由から映画では誇張される場合もあり、時には正義の味方で、時には悪役にもなってしまうのがCIAエージェントのツライところ。
ただし、2001年の同時多発テロ以降、国土安全保障省(NSA)という組織が新設(前身組織自体は以前から存在)され、NSAはCIAなどが集めた情報を一元的に統括しており、CIAよりも上部の組織と言える。